top of page

12 アンカリング効果 過去の基準にとらわれ...

バブル経済期を経験しなかった世代には、ぜいたくな生活ができた経験者をうらやむ人もいるようです。

 しかし、バブル後の低成長時代に適応せざるを得なかった人にとってバブルは、甘いだけでなく苦いものかもしれません。それはバブル期の生活が基準となって、その生活レベルの高さが忘れられなくなるからです。

 これは、過去に得た情報が基準となって判断がゆがめられ、非合理な判断をする心理が働くからです。行動経済学では、この基準を「アンカー(船の錨)」にたとえ、「アンカリング効果」と呼んでいます。錨を下ろした船と同様に、錨の近くの狭い範囲内でしか、後の価値判断や予測ができなくなるのです。

 米国のダニエル・カーネマン教授らは、この法則を実験で証明しました。被験者には、0から100までの数字が書かれたルーレットを回し、止まった時の数字をメモしてもらいます。ルーレットは65か10のどちらかで止まる仕掛けが施されています。

 被験者には、その後、「国連加盟国に占めるアフリカ諸国の割合」を推定してもらいます。すると、ルーレットが止まった時の数字が65だった被験者の回答の中央値(データを大きさで並べた時、最小値と最大値の中央に位置する値)は45となり、10だった被験者では25でした。直前に見た、何の意味もないルーレットの数字に、回答の数字が近づいたのです。

 さて新生銀行の「サラリーマンのお小遣い調査」によれば、20~50代の男性会社員のランチ代は平均で585円です。毎日ランチ代に1000円以上使っていたバブル期の生活を引きずっている人は、生活レベルの低下を情けなく感じるかもしれません。このほか、一流校出身の親は、自分の子どもも同レベルの学校に合格して当然と考えてしまうという話も聞きます。

 これらのように目の前の現実でなく、過去の記憶にとらわれるのがアンカリング効果です。バブル期の裕福な暮らしを忘れられない人は、記憶を一掃して今の生活を楽しむべきですし、親はわが子のテスト結果を昔の自分と比較するのでなく、わが子の努力をもっと評価すべきでしょう。無意味な過去の記憶を忘れることは、自分や周りを幸せにするための第一歩なのです。

(2020年8月29日掲載)

bottom of page