13 「笹舟のカヌー」原画展
- 2024年10月12日
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更新日:2024年12月25日
多くの来場者でにぎわい 野田さんの笑顔が印象的

1999年4月、カヌーイスト野田知佑さんとの共著で絵本「笹舟のカヌー」が出版されました。
それからすぐ、「笹舟のカヌー」の原画を展示する個展を開催しました。
キャラクター商品を作る会社に勤めていた兄が、部下に「弟が今度、絵本を出版する。どこか個展を開く会場はないか」と聞いたところ、商品の納品先である有楽町マリオン・阪急メンズ東京の催事課の担当者を紹介してくれたそうです。その担当者は私の絵を見てすぐに個展の開催が決まりました。
通常、百貨店の催事は年間スケジュールが組まれており、イベントを急きょ組み入れるようなことはしません。しかし、私を小学館の編集者に紹介してくれた絵本作家の黒井健さんの個展が予定されていて、黒井さんの個展との同時開催というかたちにしてくれ、場所は従業員の通用口を兼ねた通路を利用するという条件付きで実現できたのです。通路といっても、展示した絵を見るには十分な広さがありました。何より助かったのは会場代が無料だったことです。催事課の担当者いわく「普段空いているスペースなのでお金は取らない」とのことでした。
ただし展示する作品30点を入れる額は自費で用意しなくてはならず、計36万円ほどかかりました。バブル経済崩壊後、借金をしながら生活をしていた時の私なら資金に余裕がなかったですが、当時は仕事量も増えていました。半月の短い納期で200万円という高単価の仕事も請けられるようになり、36万円の額代捻出に苦労はしませんでした。
個展開催の前日、会場で準備をしていた時、野田さんのことを知っているという女性2人が、野田さんにサインをもらいに来ました。普段はポーカーフェースで口数が少なく、やや短気な一面もある野田さんが、この時は、とてもうれしそうに笑顔で応対していたのが印象的でした。
「笹舟のカヌー」出版が私にとってうれしかったことは言うまでもありませんが、野田さんにとってもこれまでの紀行文とは異なるタイプの絵本を出版した喜びもあって、野田さんは、ふだん見せないような笑顔を見せたのだと思います。
個展は多くのお客さんでにぎわいました。私の絵の下に野田さんが書いた文章を付けて、「笹舟のカヌー」のように絵と文章を一緒に楽しめるように展示しました。そして、絵本を買ってくれたお客さんを対象に野田さんと私でサイン会をしました。サイン慣れしている野田さんに比べ、私は前日どのようなサインを書くのかを決めて、慌てて練習して備えました。当時のサインを今見ると、今とはだいぶ違うので、とても恥ずかしい気分になります。
多くのお客さんでにぎわう会場で印象的な思い出があります。仕事で来た配送業者の30歳前後の男性がたまたま私の絵の前で立ち止まりました。仕事中なので時間に余裕もなかったのでしょう。数十秒間でしたが、私の絵をしっかり見ていました。その姿を見て「良い絵が描けたのだな」と納得し、満足感を覚えました。
聞き書き・広石健悟
2024年10月12日号掲載