20 民俗音楽「レントラー」
- 1月17日
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パブで演奏「上手」と評判に ラジオ局に招かれ演奏も

スイスやドイツ南部の各地に伝わる民俗音楽にレントラーがあります。スイスでは軽快なテンポやリズムのものが多く、スイスの山々が思い浮かびます。スイスのレストランやパブには、レントラーを演奏できるようにコントラバス、アコーディオン、ピアノ、ドラムなどが置いてあることも珍しくありません。演奏すると盛り上がり、演奏に合わせて手拍子や掛け声がかかり、踊り始めます。
私が参加していたクリエンス吹奏楽団でも、練習が終わってパブに行き、みんなで飲んで食べて盛り上がると、自然とレントラーの演奏が始まりました。私は初めは聞いていただけでしたが、何度か通ううちに仲間に促されてクラリネットでレントラーの演奏に参加するようになりました。
お酒が入っていたこともあり、気分良く演奏していると、周りのお客さんから大きな拍手が起こりました。席に戻ると、知らない人がよくお酒をごちそうしてくれました。きっと、初めて見る東洋人がレントラーを乗り良く演奏していることに驚いたのと同時に、うれしかったのだと思います。
ある日、いつものようにパブで盛り上がり、レントラーを演奏していると、地元のラジオ局から取材を受けました。日本人がレントラーを演奏し、それがかなり上手だ—との評判を聞きつけたようでした。パブでの取材の翌日には、ラジオ局に招かれ、行ってみるとバンドが用意されていてその場で演奏することになりました。その後、改めてインタビューを受けました。
レントラーで思い出すのはクリエンス吹奏楽団の仲間の一人のフレディ・バウマンです。フレディは地元の郵便局に勤める傍ら、クリエンス吹奏楽団にクラリネット奏者として参加し、常に私の隣で吹いていました。年齢も私と近く、周りをいつも笑わせる陽気な人で、私たちはすぐに仲良くなりました。「タカと一緒に吹くのは楽しい」と言ってくれ、練習が終わると一緒に飲みに行き、いつも「さあ、レントラーを演奏しろ」と、私をたきつけて笑いながら聴いていました。
私が日本に帰国し、数年後、妻と一緒にスイスを訪れた際には、チューリッヒ空港まで車で迎えに来てくれました。クリエンスに向かう途中、スイスが初めてだった妻のためにケーキ店に寄り、スイス名物の「キルシュトルテ(チェリーリキュールケーキ)」をごちそうしてくれました。自宅では、奥さんが手料理で迎えてくれました。食卓を囲んでおしゃべりをしていると、フレディがカセットテープを持ってきました。彼は笑顔で「これを覚えているか」と言いました。みんなでテープを聴くと、以前、ラジオ局のスタジオで地元のバンドとレントラーを演奏しインタビューを受けた時のものでした。レントラーを演奏した後には、「東京から来た、タカヒロ・デンダです」などと、流ちょうとはいえないまでも、相手の質問に困らずドイツ語で答えている様子に、私たちは大笑いしました。
私はこの時のことをすっかり忘れていた上、フレディが録音してくれていたことを知りませんでした。テープをみんなで聞いていると、吹奏楽団のことや彼と一緒に飲んでレントラーを演奏していたことなど、当時のことがよみがえり懐かしくなりました。
この再会から数年後、突然、彼の訃報が届きました。彼はよく、「日本に行ってみたい」と言っていましたが、その願いがかなわずとても残念です。陽気だったフレディをレントラーとともに今でもよく思い出します。
(聞き書き・斉藤茂明)
2026年1月17日号掲載



