26 宝もの
- 2月28日
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人に恵まれた演奏家人生 「もっとうまく」変わらずに

ヨーロッパの著名指揮者の中で特に私が好きなのはセルジュ・チェリビダッケ氏です。ドイツ・ケルンに留学して間もない頃、慣れないドイツのオーケストラの仕事に行くとチェリビダッケ氏がいました。当時23、24歳の私からは畏敬の存在であり、怒られないように小さくなって吹いていました。圧倒的な存在感を放つ指揮でした。妻に話しても信じてもらえませんでしたが、「あれは遠い昔見た夢だったのではないか」と自分で自分を疑うようなこともあります。
ヨーロッパで誕生し発展したクラシック音楽。それを丸ごと受け止め引き継いできたヨーロッパの国々で、人々は自然で力強い音楽観を身に付けています。現地で見聞きし体験したものは、間違いなく私の音楽人生の重要な一部になっています。ヨーロッパでの体験を言葉で伝えることはありませんでしたが、これまで出会った多くの生徒たちに何かしら伝えることができたのでしょうか。
1979年からほぼ毎年、リサイタルを開催してきました。プログラムを考えるたびに、ピアノやバイオリンなどに比べるとクラリネットの持つ楽曲の幅がなんて狭いのかと感じました。その意味でクラリネットはマイナーな楽器といえるかもしれません。これまでクラリネットとの格闘の人生でしたが、嫌なことはやらない「頑固さ」と「わがまま」を通してきました。そのために得られなかったものも多々あったかもしれませんが、一方で得たものもあったと思っています。
権堂町に生まれ、中学時代に吹奏楽に出合い、高校3年生で音大進学を決めるという音楽への目覚めは遅い方でしたが、東京、ケルン(ドイツ)、ルツェルン(スイス)と音楽漬けの生活を送ってきました。見知らぬ土地での緊張や不安。その土地に慣れてからの充実した楽しい毎日、人との出会いで突然扉が開く瞬間がありました。ドイツ・ケルンの寮仲間、イヨルクはじめスイス・クリエンス吹奏楽団員たち、バーゼルのシュタルダー門下生。今ではすべてがいとおしい思い出です。
帰国後の日本での生活は戸惑うことばかりで落ち着くまで時間がかかりました。子どもの頃と変わらず、兄にはずいぶん世話になりました。
周りから背中を押されて1回目のリサイタルを開催したのは1979年。ずっと応援し続けてくださった後援会をはじめとする多くの人の支援で素晴らしい演奏活動ができました。
昨年、過去のコンサートやリサイタルのパンフレットを年代順にして会場に展示しました。国内外の素晴らしい楽団や奏者たちと共演した思い出がよみがえりました。
また、毎年開いてきた恒例の「伝田高広クラリネットリサイタル」の最終回とした昨年10月の公演パンフレットには今の自分の心境を次のようにプログラムに記しました。「『大作曲家たちが人生最後に作曲するのがクラリネットの曲』という事実はどうしたものでしょう。モーツァルトしかり、ベートーベン、ウェーバー、ブラームス、サンサーンス、コープランド、メシアン、ジャン・フランセ、そしてあの武満徹まで、何かに引かれるように晩年にクラリネットの曲を残しています。私がこんなにも引かれる理由もきっと共有の部分があり、それだけクラリネットが魅力の楽器なのだと改めて納得するところです。歳を重ね衰えは否めませんが、クラリネットをもっとうまくなりたいという思いだけはまったく変わりません」
人に恵まれたこと—。それが私の人生の宝ものです。今後も演奏活動は続けていきます。長い間この欄にお付き合いいただきましたことにお礼を申し上げます。
(聞き書き・斉藤茂明)
伝田高広さんのシリーズはおわり
次回からは板画家の森貘郎さんです。
2026年2月28日号掲載



