19 クリエンス吹奏楽団
- 1月10日
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更新日:1月13日
日本人指導者に温かく 素晴らしい仲間に感謝

私は、「バーゼル音楽院」に入学後も住居を変えずに、イヨルクが紹介してくれた「クリエンス吹奏楽団」を指導しました。団員にとって私は初めての日本人指導者だったと思いますが、大歓迎してくれました。
私が入団して約半年後に行われたオランダへの演奏旅行では、私にも制服を作ってくれました。国境での入国審査の際、バスの車内に入ってきた検問官は最前列に座る私が明らかに東洋人だと思ったようでしたが、「全員スイス人か」と質問しました。すると、団員みんなが「そうだ」と声をそろえました。私はびっくりしましたが、ビザの確認が面倒だったのか検問官が何もなかったようにバスを降りると、車内は大笑い、どっと盛り上がりました。私は「スイス人」としてクリエンス吹奏楽団の一員に認められたと感じた瞬間でした。
アマチュアの吹奏楽団でしたが、スイスの風土に培われた音楽性はしっかり持っていて、地元の祭りやイベントでは見事な演奏をしていました。練習後はパーティーになり、お酒と食事を楽しむと最後は決まって歌になりました。団員の年齢層は幅広く、70代と思われる元気な年配者もいた中、20代だった私は一番若かったと思います。
私と同じクラリネット奏者のハンスは団員から「ミグロボス」と呼ばれていました。「ミグロ」とはスイスの大手スーパーでハンスはその幹部社員でした。楽団ではリーダー格で、練習日にはアパートに私を迎えに来てくれました。彼は「長男のトーマスはバチカンで衛兵をしている」と自慢していました。バチカンの衛兵は成績優秀で健康なスイス人男性から選ばれるそうで、自慢げに話すのも理解できました。
妻のジョシーはとても穏やかで優しい人で料理上手。チーズ料理のラクレットを初めて食べたのも彼女の手作りで、とてもおいしかった。彼女は、私が帰国してからもクリスマスになると手作りのクッキーを送ってくれました。
ハンスは、私がバーゼル音楽院の卒業試験でソリストディプロマを取りプロのオーケストラとの共演があることを知ると、大型バスをチャーターし団員みんなを連れて聴きに来てくれました。豪快ながら気遣いができる人で団員から敬意を払われていました。ハンスとも交流は続いています。
4年前、ハンスの娘さんから私に「父の誕生日にサプライズでタカの姿を見せたいから動画を送ってほしい」とメールが来ました。私はクラリネットを吹き、娘と孫と一緒に「ハンスお誕生日おめでとう」とコメントした動画を送りました。ハンス夫妻は大喜びしてくれました。後日お礼の手紙とスイスチョコレートが届きました。私がスイスに「帰る」たびに毎回必ず夫婦で会いに来てくれ、お土産を持たせてくれます。
私が初めて家族を連れてルツェルンを訪れた際には、イヨルクが大きな船で湖を一周するサプライズで歓迎してくれました。船の上には久しぶりに会うたくさんのクリエンスの仲間たちが乗っていて、「タカ、タカ」と歓迎してくれました。みんなと感激の再会を喜び合っていた時、ハンスはバーベキュー用の鉄板でみんなの分のウインナーを黙々と焼いていました。「ボス」と慕われる理由が分かりました。
イヨルクとの再会がたくさんの仲間と知り合うきっかけをつくってくれたことで、私のスイスでの生活を素晴らしいものにしてくれたと心から感謝しています。
(聞き書き・斉藤茂明)
2026年1月10日掲載



