17 シュタルダー先生に師事
- 2025年12月20日
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新視点で作品捉える姿勢 ソリストディプロマ取得

シュタルダー先生はいつもブラウンのブルゾンを着て、車はシトロエン。ゆっくりトコトコ走る車で、私たちはエンテ(アヒル)と呼んでいました。ファッションにはほとんど関心がないようでしたが、ユーモアのある静かな紳士でした。
先生の奥さんはフルート奏者で、父親のブルクハルトさんはスイスのとても有名な作曲家でした。チューリッヒにある先生の自宅は派手ではなく、落ち着いた品のある瀟酒(しょうしゃ)な家で、家からチューリッヒ湖が見えました。先生は私に「大丈夫か」「お金はあるのか」とよく心配してくれました。おばあさんも、私が日本の湯のみ茶わんをプレゼントすると喜んで、いつもその茶わんで紅茶を飲んでいました。
先生はシュタルダー木管五重奏団を率いて現代音楽の新しい作品を初演したり、充実した演奏活動をする一方で、古楽器コレクターでもありました。
クラリネットは、16〜17世紀ごろにフルートやオーボエ、ファゴットが誕生・普及した後の18世紀初めに誕生した、木管楽器の中では最も新しい楽器です。そして1791年、モーツァルトがクラリネットの特長を最大限に生かした名曲「クラリネットコンチェルト」を作曲して、表舞台に出ました。
先生はクラリネットの原形となる古楽器から現在の型までをたくさん持っていて、部屋の中は博物館のようでした。これらの古楽器でコンサートやレコーディングもたくさん行い、古楽器の世界の権威としても世界の音楽祭に招待されていました。
ある日、先生が軍服姿でレッスンに現れたことがありました。私はびっくりしましたが、その場のスイス人学生は驚く様子がありません。先生はレッスン後に軍事訓練に参加すると言いました。その時初めて20歳から60歳までの男性は兵役があるのだと知りました。永世中立国スイスならではだと思いました。
先生はとても柔軟性があり謙虚な人で、それがレッスンにも表れていました。私が「ルツェルン音楽学校」の作曲科に籍を置いていた時、ベナーリ先生に作曲家がどんな観点でその曲を作ったのかといった作品の「アナリーゼ(分析)」のレッスンを受けると、シュタルダー先生は私にいろいろ聞いてきました。難解な現代音楽の作曲家の作品など、「ベナーリ先生は何て言っていた? 私にも教えろ」と言ってきたので笑ってしまいました。新しい視点で作品を捉えようとする姿勢を持っていて、ドイツの伝統をかたくなに守ろうとする、ケルン音楽院で師事したクライン先生とは対照的でした。
シュタルダー先生はじめ多くのスイス人は「国際性」と「民族性」をバランスよく持ち、それがスイスの国民性のように感じられました。そのバランスの良さが私には居心地よく、ドイツからスイスに来て気が楽になりました。考え方の全く違う2人の先生の下で学んだのはとてもいい経験だったと、後になって感じました。
1977年、バーゼル音楽院の卒業試験で最後まで残った演奏者は地元バーゼルのプロのオーケストラと演奏して合否を審査されました。ここで演奏したのはまたも「モーツァルトのコンチェルト」。先生のほか教授陣、オーケストラ団員も審査員でした。学外のプロも審査に加わることで公平で厳しい審査になりました。私は、この卒業試験に合格。ソリストとして認可され「ソリストディプロマ」を取得しました。優秀な学生が多い中、大きな自信になりました。
(聞き書き・斉藤茂明)
2025年12月20日号掲載



