16 スイスに移住
- 2025年12月13日
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作曲科に籍 難解な授業 1年後バーゼル音楽院へ

初対面の時のシュタルダー先生は落ち着いた紳士といった印象で、何よりフランス式のクラリネットの演奏がスマートでした。
講習会で私の演奏を聴いた先生から「スイスに来られるなら教えてあげる」と言われ、私はスイスに行こうと決めました。しかし、先生が「バーゼル音楽院」(現・バーゼル音楽大学)で教えるのは1年先のこと。スイスの学生ビザを取る必要がある私のために先生は、友人のバイオリニストが学長を務める「ルツェルン音楽学校」の入学を取り計らってくれ、知り合いのペーター・ベナーリ先生が教える作曲科に籍を置くことになりました。私は作曲の知識などまったくなく戸惑いましたが、シュタルダー先生自ら尽力してくれたのはうれしかったです。
入学手続きはシュタルダー先生がしてくれ、私のスイス移住の保証人にまでなってくれました。今思えば、シュタルダー先生にとって日本人に教えるのは初めてだったろうし、どこの馬の骨とも知れない若い留学生をよく世話してくれました。
私はルツェルンからチューリッヒのシュタルダー先生の自宅に定期的に通い、レッスンを受けました。
作曲科では特に「概論」の授業が難解でした。ただでさえ難しい内容の「和声」や「作曲法」は、ドイツ語の専門用語で説明されお手上げでした。ベナーリ先生は旧東ドイツ出身で、苦労の末にスイスに亡命したのだと思います。遠い日本からやって来た留学生に何か感じるものがあったのか、個人レッスンでは私の演奏曲についてゆっくり分かりやすく解説してくれました。天気のいい日には2人で街の喫茶店に出かけることもあり、先生は日本について質問し、食事をごちそうしてくれるなどとてもかわいがってくれました。
作曲法の専門用語にも慣れ、曲の構造など理論的な裏付けが少しずつ分かり始めると楽しくなってきました。いろいろ教わり、頑張って良かったと思いました。ベナーリ先生はとても著名な人で、著書「Rhythmik und Metrik(リズムと拍節)」は日本語訳版が出版されています(吉田雅夫監修)。スイスから帰国後、日本の書店でこの本を見つけた時は、すごい先生に習ったんだ—とうれしくなったのを覚えています。
スイスに移って約1年後、「バーゼル音楽院」のクラリネット科に入学しました。バーゼルにはルツェルンから約1時間かけて列車で通いました。ルツェルンに住み続けたのは、シュタルダー先生の紹介でルツェルンの学校でクラリネットを教えたり、郊外のクリエンスにある地元の吹奏楽団で指導したりしていたためです。特に、クリエンスで得たたくさんの仲間は私の人生にとってかけがえのない宝物です。
シュタルダー先生は学校以外でも時々、自宅に門下生を集めて一人ずつ演奏させて、感想を言い合うレッスンを行いました。
私以外はスイス人で、「タカのここが変だ」「そこはいい」とはっきり意見を言ってくれ、先生は時々解説を交えながら私たちのディスカッションを楽しそうに聞いていました。みんながそれぞれを尊重しながらレッスンは行われました。レッスンが終わると、フルート奏者でもある先生の奥さんの手料理をみんなでごちそうになりました。
(聞き書き・斉藤茂明)
2025年12月13日号掲載



