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10 妻との出会い

  • 11月1日
  • 読了時間: 3分

更新日:11月4日

親友紹介のピアノ伴奏者 息が合い試験では「S」評価

結婚後は、何度も夫婦でステージに立ちました
結婚後は、何度も夫婦でステージに立ちました

 武蔵野音大1年生の秋、ピアノ伴奏に合わせてクラリネットを演奏する試験がありました。


 ピアノ科の学生に伴奏をお願いしようにも知り合いがいないので苦労していると、親友の尾崎君が私より1歳年下のピアノ科の学生を紹介してくれました。


 ピアノ伴奏を付けるのは初めてで、吹奏楽部を離れて一人でクラリネットを演奏することに慣れていた私は急に足かせを付けられたような不自由さと不思議な感覚があり、ピアノとの合奏はなかなかうまくいきませんでした。


 当時、1年生ながら奏者として目立つ存在だった私を生意気だと思っていた先輩もいたようです。練習室で合わせていると、前を通りかかった上級生や大学院生らは「伝田、そこはそうじゃないよ」と声をかけてきたり、練習室の中に入り込んで椅子を引っ張り出して座り込み、長時間いろいろ指摘されたりもしました。ピアノの伴奏に関してまでアドバイスしてきたこともありましたが、私は上級生には表立って嫌な顔もできず苦笑いするしかありませんでした。


 上級生がいなくなってから、伴奏者から「あの人たちは誰ですか」と聞かれ、「いろいろと言ってくるけど、クラリネットは大してうまく吹けない人たち」と答えると、笑っていました。


 こんな「横やり」に邪魔されながらも、練習を重ねるうちにピアノ伴奏と次第に息が合うようになり、試験は「S」の評価をもらえました。ほとんどの人は「A」「B」「C」「D」のいずれかの評価でした。私は初めて見る「S」評価のランク付けが最初は分かりませんでしたが、「A」の上の「スペシャル」の「S」だと後で知りました。伴奏者が「Aだった?」と尋ねてきたので、「Aの上のS」と答えると、驚きつつも共に喜んでくれました。


 伴奏者は口数が少なく、毎回のように面白くなさそうな表情をして練習室に来るのですが、熱心に練習に付き合ってくれました。自分もピアノの試験準備で忙しいはずなのに、私が直してほしいという点はきちんと対応してくれました。


 練習を始めてから2カ月ほどたったある日、お礼をしたいと思い、「お茶でも一緒にどうですか」と声をかけると、私が言い終わるかどうかというタイミングで「私、帰ります」と言われてしまいました。その素早い返事に私はつい笑ってしまいました。私と一緒にいるのは楽曲と関わる時間だけと決めているかのようでした。


 彼女は「文学研究会」に所属し、私にはあまり関心のない難しそうな本を読んでいました。その頃は学生運動が盛んでしたが、それにはほとんど関心を示さない私を不思議に思っていたようでした。


 約2カ月間の伴奏合わせを通して面白い子だなと思いました。曲の中のドラマチックな部分を自然に一緒に感じとってくれるところが強く印象に残り、その後も何回か試験の伴奏をお願いしました。学内で会うこともありましたが、軽く話をする程度でした。そんな付き合いが卒業まで続きました。それが今の妻・絵里です。

(聞き書き・斉藤茂明)


2025年11月1日号掲載

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