05 落第を経験
- 4月4日
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校長先生から通告される 図書館長の配慮で助かる

屋代東高校(現屋代高校)で僕は図書委員になりました。図書館は新築したばかりで校舎と別棟にあり、鉄筋コンクリート造りの洋風でしゃれた外観でした。図書館を校舎と別棟に建てたのは長野県内で初めてとのことで、長野や上田、伊那などの高校から先生が視察に来ていましたね。「蔵書1万冊」がうたい文句でしたが、実際にはそこまではなかったように思います。
図書館での思い出といえば、自衛隊が入隊勧誘のため、自衛隊の活動を紹介した映画を図書館で上映したことがありました。生徒の入隊を前向きに考える先生もいれば反対の先生もいました。一番の反対派の国語の先生が映写機のコンセントを抜くなど〝妨害工作〟をしたものですから、図書館が騒然となりました。
僕はその時、社会科研究室で遊んでいたのですが、友達が「大変なことになっている」と呼びに来たんです。図書館では、前の方では映画を見ようとしている生徒がいて、後ろに校長先生をはじめ何人もの先生が取り囲んでいました。
映画は「災害時などに国民の生命を守るのが自衛隊の役割です」といった内容で戦闘シーンのようなものはもちろんありませんでした。
質疑応答の時間に「先生やほかの生徒に質問させてはまずい」と思った僕はとっさに手を挙げ、「過去の戦時中における日本のアジア侵略をどう考えているのか」といった内容の質問をしました。そうしたら、自衛隊の人は「私も息子に自衛隊の必要性を説明するが理解してくれない」などと話しました。説明会が終わり僕が帰ろうとすると、何人かの先生に囲まれ「質問があるなら校長室でしろ」とすごまれました。
僕は2年生から3年生に進級できず落第を経験しました。数学で50~60点取らないと落第の可能性があるという状況の時、先生が僕に「良かったね」と言って数学の答案を返してくれました。僕はてっきり落第は回避されたと思っていたら、廊下ですれ違った別の先生に「お前のおかげでまた職員会議だ」と言われ、校長先生からは「このままでは健全な市民になれない」と落第を通告されました。自衛隊の説明会のことも頭にあったのでしょうね。
落第すると退学せざるをえない生徒が多い時代でした。僕の場合は、図書館長から「親戚にでも行っていて」と言われ、親戚の家に1週間ほど行っていました。その間、図書館長が家に来ておやじに「図書委員は、正副の生徒会長の次に成績のいい生徒がやるものであり、ぜひ学校を続けさせてください」と言ったそうです。図書館長は学校側と交渉してくれたのでしょう。その後、家から「通学できるようになったので帰ってきて」と電報が届きました。卒業する時、図書館長は「君は図書館首席卒業だよ」と言ってくれました。
落第したことはおやじには怒られませんでした。おやじは小学校しか出ていませんし、兄、姉も中学までしか行っていなかったので、高校のことはよく分からなかったためでしょうか。図書館長が家に来てくれたことも良かったと思います。
図書委員といえば、こんなこともありました。図書館は下駄箱があるのに、生徒のほとんどは靴や草履を脱ぎっぱなしでした。僕はいつも散らかった靴をそろえていました。卒業後上京して新聞配達のバイトをしいた時、新聞店の主任が時々自宅アパートに食事に誘ってくれました。そうしたら、主任の奥さんに「あなたはちゃんと履物をそろえますね」と言われました。これは図書委員をやっていたからこそ、身に付いたことなのでしょう。
(聞き書き・吉村英樹)
2026年4月4日号掲載



