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04 杏の里板画館

  • 3月28日
  • 読了時間: 3分

築200年「千本松の家」「つくる会」で購入資金募る

千本松(手前)と杏の里版画館(奥の建物)
千本松(手前)と杏の里版画館(奥の建物)

 本来であれば、高校時代の話をするところですが、僕が主宰する千曲市森の「杏の里板画館」が冬季休館を終えて営業を始める4月1日が近づいているので、今回は板画館のことを紹介させてください。あんずまつりも5日まで開かれています。


 板画館は築約200年にもなる古民家で、地元では「千本松の家」と呼ばれてきました。江戸時代から大正末期まで4代続いた漢方医の屋敷で、終戦後は引き揚げ者家族が5組も住んでいたほどの広い建物です。2階の上部に上座敷があって、屋根裏部屋もある5層構造のような造りです。


 この家のシンボルツリーである千本松は1976(昭和51)年、更埴市(現千曲市)の保存樹木に指定されました。幕末には佐久間象山が何度もこの家を訪れたといい、千本松は「象山駒つなぎの松」とも呼ばれています。アカマツの変種の「(多)(た)(行)(ぎょう)(松)(しょう)」で、根元から枝分かれして見事でしたが、86(同61)年、僕がここに越してきて間もなく、春先に降った大雪の重みで横に広がった枝がほとんど折れてしまいました。今では松くい虫にやられて弱ってしまい、切り倒さなければならない状況です。


 更埴市粟佐に住んでいた僕は月1回、「民芸を考える会」という勉強会をこの家で開いていました。当時は、最後に住んでいたおばあさんが亡くなって7〜8年経過し、台所にはまだいろりがあり、裏の竹やぶから根が伸びて床を突き破り、2階に上るのにはしごを使いました。雨漏りがするようになって、「これは誰か住んでいないとだめだな」となり「じゃあ、僕が住む」と引っ越したのです。


 93年に千本松の家の買い取りを求められて購入しました。しかし、板画館にするには1000万円を超えると思われる資金を調達しなければならない。そこで翌年、「杏の里板画館をつくる会」を立ち上げて、出資会員を募ったのです。会員には、板画の進呈や記念展への招待、常設展の料金を1年間無料にするといった特典付きに。最終的には600人を超える会員が集まりました。


 今年の春の企画展は、「雨宮の御神事(ごじんじ)」です。千曲市雨宮の雨宮坐(あめのみやにいます)日吉神社で3年に1回開かれ、国重要無形文化財に指定されている祭りです。御神事のクライマックスは「橋懸かり」といい、沢山川に架かる斎場橋の上から4頭の獅子の足を縄で縛って逆さづりにして、獅子頭で川面を激しくたたいて頭の飾りを川に流すのです。


 御神事は、昔は旧森村でもあり子どもの頃から憧れがありました。年が明けると聞こえてくるんですよ。お宮のそばの集会所から笛や太鼓を練習する音が。しかし、そのような役は長男に限られ、三男の僕は何もできない。でも、昔の祭りは村じゅうで歌を歌ったり盛り上がったりで、いいものだと思いましたね。森村の御神事は、中学生の頃まで続いていました。その後、雨宮だけになったのです。


 御神事は、僕にとって大事なテーマの一つです。企画展は6月のアンズの実がなる頃まで続ける計画です。(聞き書き・吉村英樹)

 杏の里板画館の入館料は大人300円、小中学生100円。開館時間は10時〜17時。月〜水曜日休館。

 (問)☎︎272・4758


2026年3月28日号掲載


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