03 屋代中学時代
- 3月21日
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理科の設問で先生に文句 かわいがってくれた先生も

僕の通った屋代中学校は、旧屋代町や旧森村などでつくる組合立の中学校でした。できたばかりの学校で1年生から通ったのは僕の学年から。一学年250人ぐらいいました。
近所の2歳上の「にっちゃん」と森街道を歩いて通いました。にっちゃんは靴、僕は下駄。しかもにっちゃんはバスケをやっていて歩くのが速い。走るようにして始業時間ぎりぎりに校門を通過していました。ちゃんとした図書室があって、しょっちゅう行ってました。図書室の先生にもかわいがられました。
2年生の理科の時間、テストで「メンデルの法則」についての問題が出ました。その設問が、問題集で見覚えのある文章だったのですが、少し違う表現になっていました。先生が、問題集と全く同じではいけないと思って変えたのでしょう。しかし、よく読むと問題集とは違う解答になってしまうんです。熟考の末、問題集とは違う解答を書きました。
そうしたら職員室に呼ばれて「間違えたのは学年で2人だけだ」と怒られたのです。でもこっちにも言い分があるから食い下がって文句を言っていたら、職員室にいた教頭先生が来てテストを見てくれたんです。理科の先生でもあった教頭先生も「これはやっぱりおかしい」となって職員会が開かれました。協議の結果、メンデルの法則の問題はなかったことにするとなりました。
25点の配点はほかの問題に割り振られたのですが、僕は正解だったのに—と、それも面白くない。職員室に何回も抗議に行きました。理科の先生には良く思われていなかったでしょう。高校でもたいがいの先生に良く思われていなかったと思いますよ。でも逆に「面白い子だな」と思ってくれる先生もいました。
こんなこともありました。3年生の時、運動会の棒倒し競技の練習で、若い先生が敵陣の先頭を切って旗の棒を僕たちの方に向けて突進して来たんです。守備側は逃げちゃいますよね。本番でも同じようなことをされ、僕は、棒を倒そうとする体格のいい男子のトレパンを下げようとしたのです。
そうしたら、その若い先生が旗の棒で僕の頭をたたいてきたんです。ルール違反だとの注意かと思いますが、先生が棒を持って突進したり生徒の頭を棒でたたいたりするのもいかがなものか。僕は石を拾ってその先生を来賓席の前まで追いかけました。
その先生は、僕が篠ノ井の職業安定所に行った時の引率者で、帰り道で「面接官によると、採用はするが生意気な性格を1カ月で直せと言っていた」と言うのです。短時間の面接で、面接官に僕の性格など分かるわけがない。運動会でのことなど、僕のことを面白く思っていなかったのだろうと、後で思い返しました。
かわいがってくれた先生といえば、理科のテストの時に僕を助けてくれた教頭先生です。「ラジオの組み立てやってみるか」と声をかけてくれたり、台風が近づくと上昇気流の仕組みを教えたりしてくれました。
僕の家は貧しく、兄も姉も中卒で就職しました。僕ももちろん進学するつもりはありませんでした。当時、学年250人のうち進学するのは100人もいませんでした。気が向いて勉強すれば学年で10番ぐらいになることもあったため、就職組の僕に高校への進学を勧める先生もいました。
僕は就職が決まっていた会社には辞退を伝えて、急きょ進学することにしました。おやじは長野工業高校や長野商業高校を勧めましたが、電車通学になる。屋代東高校(現屋代高校)なら歩いてでも自転車でも行ける。長野北高校(現長野高校)に通っていたにっちゃんに参考書を借りて苦手な英語、数学を猛勉強して屋代東高に進学しました。
(聞き書き・吉村英樹)
※杏の里板画館は3月31日(火)まで冬季休館中。
2026年3月21日号掲載



