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「真田邸 下張り文書の世界」展 真田宝物館

  • 1月31日
  • 読了時間: 3分

地元ボランティア整理作業 14年にわたりこつこつと

建築当初から設置されていた真田邸内の襖について説明する山中さん
建築当初から設置されていた真田邸内の襖について説明する山中さん

 松代藩の「真田邸」(国史跡指定)の襖や壁紙の下張りに使われた古文書を紹介する特別展「真田邸 下張り文書の世界」が松代町の真田宝物館で開かれている。4月13日(月)まで。


 同館と松代文化財ボランティアの会会員有志が協働で、2011年から約14年にわたり進めてきた下張り文書の整理作業は本年度中に終わる見通し。同館研究員の山中さゆりさん(52)は「下張りに使われた不要になった『反故』文書がどんなもので、どんなことが分かるのか、ボランティア会員の地道な活動とともに知ってほしい」と来場を呼び掛けている。


 真田邸は1864年に9代藩主真田幸教の義母の住居として建てられた。明治時代以降は、真田家の私邸として使われたが、1966年同家伝来の宝物とともに長野市に譲渡された。

下張り文書のは剥がし作業をする松代文化財ボランティアのメンバー
下張り文書のは剥がし作業をする松代文化財ボランティアのメンバー

 市は保存整備のため2004年から8年がかりで全面改修工事を行った。この際にぼろぼろの襖から下張りに使われていた古文書が発見されたことから、会員有志によるこれらの整理・解読作業が始まった。


 全国的にも例のない取り組みだったため、会員らは襖の構造から学び、試行錯誤しながら片面4層の下張りを効率良く剥がす技術を身に付けていった。


 真田邸から外された襖は骨組みから剥がした状態で207面。ボランティア会員らは週2日、1回2時間程度作業に当たってきた。開始からこれまでの作業日数は1000日に及び、確認できた文書は約1万点に上った。


 下張りの多くには藩で不要になった反故紙が使われることが多いが、真田邸で藩関連のものは約2割。8割は現在の千曲市と坂城町地域にあった商家が作成した帳簿類をほどいたものだった。松代藩の文書に、真田邸を建てた際、下張りに使う反故紙が不足して稲荷山から調達したとあることから、古紙業者が集めたものを一括購入して利用したとみられる。


下張り文書を判読して、新字体に文字起こしをする小幡さん
下張り文書を判読して、新字体に文字起こしをする小幡さん

 特別展では、

▷1784年の6代藩主真田幸弘の参勤交代で、前年の浅間山大噴火の影響で例年通行してい

 た中山道が通れなくなり、甲州街道を利用したことを示す古文書

▷浅間山大噴火が一因という「天明の大飢饉」の折に松代藩領の各村々から出された代官所

 宛ての拝借金返済猶予嘆願書

▷倉科村(現千曲市)の藩の直轄林から薪を切り出したことに対する冥加金上納の覚書—な

 ど計約50点を紹介している。


 整理作業開始当時から文書の文字を起こす作業を担当してきたボランティアの小幡伍(あつむ)さん(89)は「肉筆を通して江戸時代の人の生活の様子を読み取れたのは楽しかった」と振り返る。会員らと共に作業に当たってきた同館職員小山万里さん(55)は「捨てられてしまうものが残って出てきたところが面白い。今後もいろいろなことが分かってくる可能性を秘めている」と期待する。


 開館時間は3月30日(月)まで9時から16時半。4月1日(水)以降は17時まで。火曜日休館。入館料は一般600円、小中学生100円。土曜日は小中学生無料。


 (問)同館☎︎278・2801


記事・写真 中村英美


2026年1月31日号フロント

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