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悪は存在しない

=1時間46分

長野ロキシー(☎︎232・3016)で5月3日(金)から公開

(C)2023 NEOPA / Fictive

自然豊かな山村に 突然起きた開発計画

 「悪は存在しない」は、信州の自然豊かな山村で穏やかに暮らす人々が、突然起きた開発計画に巻き込まれてゆく物語。昨年9月のベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞。濱口竜介監督は、これで米アカデミー賞と世界3大映画祭のすべてで主要賞を果たした。

 長野県水挽(みずびきびき)町で、巧(大美賀均)は一人娘の花(西川玲)と2人暮らし。山で薪(まき)を割り、澄んだ川の水をくんで、大地の恵みを受けながら生活している。移住者も増えて、人々はつつましくも穏やかな日常を送っていたが、それを壊すような開発計画が突然持ち上がる。町の水源近くにレジャー施設の建設計画が立ち上がったのだ。新型コロナ禍で経営難になった東京の芸能事務所が、政府の補助金目当てに企画したずさんなもので、住民への説明会で露見したのは水源への汚水排出だった。

 米アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」(2021年)で音楽を手掛けた石橋英子からライブパフォーマンス用の映像を依頼されたことがきっかけとなり、物語が誕生したという。石橋の居住地に近い八ケ岳山麓の富士見町や原村などで撮影が行われた。

 スクリーンに映し出される木立と空。雪に覆われた大地と動物の足跡。雪解け水が流れる音に耳を澄ませたくなる。豊かな自然を映す映像への没入感は、まるで映像と音楽のセッションを楽しむかのようだ。初めはスタッフとして同行していた大美賀均が、主演に抜てきされるという意外なキャスティングも素朴な空気感を醸し出す。

 ロケ地でも偶然、同じような開発計画が起こり、企業の住民説明会のやりとりを再現したというだけに、リアルなシーンになった。

 ポスターに添えられた言葉。「これは、君の話になる—」。荒廃した山や農地などが知らぬ間に売却され、自然環境がいつしか失われてゆく現実を身近に見聞きするだけに、人ごとでは済まされないストーリーでもある。 

 静かな映像になぜか不穏な感覚がつきまとうのは濱口流。森に暮らす鹿や熊も、人間社会との境界を超えると害獣になる。大自然の営みにある生と死。濱口監督が差し出したラストシーンにあなたは何を思うだろうか。

 日本映画ペンクラブ会員、ライター


2024年4月27日号掲載

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