経済学など習わなくても、1万円損したときと1万円得したときに人の気持ちに与える影響度は、プラスとマイナスの違いはありますが、同じと考えるでしょう。
しかし行動経済学において、これらの影響度は同じではありません。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授は、これを証明する実験を行いました。
対象者に、「コインの裏が出たらあなたは100ドル払わなくてはいけません。表が出たらあなたは150ドルもらえます。賭けをしますか、しませんか」と尋ねます。コインの裏、表が出る確率はそれぞれ2分の1と同じです。もらえる額の方が多いのですから、計算上は賭ける方が得です。しかし対象者の多くが賭けを断りました。理由は、100ドル損する悲しさの方が150ドル得するうれしさよりも大きいことです。
この、得してうれしさを味わうよりも損を避けたい気持ちが強くなる心理を「損失回避」と呼びます。その後の別の実験から、損得の金額が同じ場合、損して感じる悲しさは、得して感じるうれしさの2倍以上とされています(例えば1万円損したときの悲しさは、1万円得したときのうれしさの2倍以上)。
この心理は、日常生活の多様な場面で影響します。例えば金融庁がかつて「貯蓄から投資へ(後に『資産形成へ』と変更)」というスローガンを唱えました。しかし、日本人の資産の多くを占める預貯金や現金の多くが、スローガンのように、投資に向かうことはありませんでした。
損失回避の法則を考えれば理由は明白です。元金が保証されている預貯金は元金の額以下になることはありません。一方、株などの投資は、増えたり、減ったりしながら、うまくいけば預貯金を大きく上回る利益が出ます。一方、元本割れするリスクもあります。例えば10万円で購入した株が1万円値下がりして9万円になったときの悲しみは、9万円に下がった株が10万円に戻った喜びよりも強いのです。投資の初心者はこのような元金の変動に耐えられません。
これから投資を始めようと思っている人は、ぜひ、自分自身の損と得の感情における度合いの違いについて知っておいていただきたいと思います。
(マーケティングコンサルタント)
(2021年4月10日号掲載)