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ハチの暑さ対策
巣の表面に「打ち水」 翅使い巣に涼しい風 一年で最も過ごしやすい今の時期ですが、時折夏のような暑さが顔を出します。 暑さが苦手なのは昆虫だって同じです。小さな体で驚くような暑さ対策の「技」をもっています。 例えばハチは巣の中が暑すぎると幼虫が死んでしまうため、あの手この手で...


125 大城山 鶴ケ峰
絶景見て日本の真ん中へ 野山が新緑に輝き始めた4月下旬の土曜日、山仲間3人で辰野町の大城山(おおじょうやま)=王城山(1027メートル)と鶴ケ峰(1277メートル)に出かけた。 大城山からは伊那谷北部を一望。鶴ケ峰には列島の真ん中を表す「日本中心の標」があり、山頂の展望塔か...


3 中学・高校時代
百科事典読むのが楽しみ 部活は地質クと理科部に 柳町中学に入学後、勉強はあまりしなくなりました。代わりにはまったのが、入学のお祝いにもらった百科事典を読むこと。40巻ぐらいあった事典を端から読んでいくのが楽しみでした。部活は地質クラブに入部しました。裾花川の上流には化石がた...


2 7代目
会社と家庭 区別ない毎日 継ぐイメージごく自然に 1951(昭和26)年3月31日、長野市で生まれました。父は善助、母はヒサエ。家業は酒の卸・流通業で、元々は文久元(1861)年創業の小さな造り酒屋でした。先祖は旧豊田村(現中野市)の出身らしく、中野市にある西光寺の住職が...


善光寺・門前を掘る
川と川が直角に立体交差 4月20日のまち歩きのテーマは「善光寺・門前を掘る」。長野市役所文化財課職員の宿野隆史さん(47)が、過去の発掘調査結果から分かる善光寺周辺の歴史を語りながら案内してくれた。 初めに向かったのは竹風堂善光寺大門店。店舗の建設工事に伴い2005年に発掘...


チョウの体温調節
大きな役割果たす「翅」 開閉と模様にも意味 春の日差しが心地よい季節、太陽のぬくもりを有意義に使いたいのは昆虫だって同じです。 体温が気温に左右される昆虫は、さまざまな方法で体温を保っています。 例えばチョウの場合、体温調整で大きな役割を果たすのが「翅」です。気温が低い時は...


1 ワインと共に
ビジネスチャンス生まれ「地域おこし」の仕事へ発展 私は、長野市平林にある酒の卸・流通業の「高野総本店」社長の高野豊です。お酒好きの人なら「マスターソムリエの高野豊」と自己紹介した方がおなじみかもしれません。 大手スーパー、イオンのお酒売り場で、私の顔写真入りのポップ(宣伝用...


01 美容室「ALPHA」社長 杉山一真さん
美容一筋50年 「はさみ一丁で世界へ」挑戦 「ナガコレ」で長野を元気に あでやかに着飾った着物姿のモデル100人が美容師にヘアセットしてもらい、長野市の中心市街地を練り歩く—。2015年に始まった「ナガノコレクション(ナガコレ)」は、県内の美容師や美容業界を目指す学生らが手...


124 旭山・富士ノ塔山
足慣らしに身近な里山へ 冬の間遠ざかっていた山歩きを再開するにあたり、4月上旬の土曜日、足慣らしに長野市内の旭山(785メートル)と富士ノ塔山(ふじのとやま)(998メートル)に出かけた。両方とも身近すぎて、まだ登っていなかった山だ。穏やかな春の日差しを浴びながら、山頂から...


02 父の背中
貧しくも家族に愛情深く 忘れがたいサーカス見物 私は1953年、飯縄山に抱かれた牟礼村(現・飯綱町)高岡地区で、父・森一と母・うめのの長男として生まれました。姉が2人います。 大正生まれの父は寡黙で威厳があり、近所の人からは「地域一番の働き者」と呼ばれていました。父の教えは...


03 山森先生
「ありのまま」を受け入れ 反発心溶かした「温かさ」 自分にとってかけがえのないと断言できるような人との出会いはそうそうないと思います。私の場合、「自分の人生を変えた」と思える人との出会いは、早いほうでしょうか。小学2年生の初めごろ、その人は、山森綱江先生です。...


04 貧乏は嫌だ
負けず嫌いの性格を形成 「成功したい」と強い気持ち 身近で人の死を初めて経験したのは小学3年生の夏でした。同居していた父方の曽祖母が、朝は普段通りだったのに、私が学校から帰ると脳梗塞で亡くなっていました。私のことを大変かわいがってくれ、毎晩隣で寝ていました。記憶に残っている...


05 中学時代
部活も勉強も熱が入らず 最後の最後に厳しい現実 大人になってから、旧牟礼西中学時代の友人と再会すると、「お前が社長になったなんて」と、よく驚かれました。そう思われるぐらい、私は存在感の薄い生徒でした。 部活動は、小学6年生の時に地元の少年野球チームに入って始めた野球部に入り...


雨粒に蚊が当たったら…
はじき飛ばされても 再び飛べる精密な体 この冬は4年ぶりの「寒冬」となりました。雪の降る日や量も多く、春になり久々に雨を見たという人も多いと思います。じっと寒さに耐えていた虫たちもようやく表舞台に戻ってこようとしています。...


06 荒れた高校生活
うっぷんや劣等感大爆発 心の隅に「親に申し訳ない」 高校受験で公立高校に不合格となった私は、2次募集で合格した長野中央高校(現・日大長野高)に進みました。しかし、受験に失敗した時、あれほど「自分を変えたい」と願ったのに、どうやって変わればいいのか分からないまま、時間は過ぎて...


38 御柱祭でも句作
先月、善光寺さんの御開帳を紹介したので、続けて諏訪の御柱祭も紹介しましょう。御柱祭は諏訪大社で7年ごと、寅と申の年に行われる行事です(本年は一部行事を変更して開催)。 樅(もみ)の巨木16本を選定して山中から伐り出し、里へと運びます。これを「山出し」といい、柱の上に男たちを...


07 高3で初パーマ
美容室に立ち寄るうちに 男性美容師の活躍に刺激 私が初めて美容室でパーマをかけたのは高校3年生の夏頃でした。 それまで美容の世界とは縁もゆかりもありませんでした。幼い頃は「坊ちゃん刈り」。小6で野球を始めてからは「丸刈り」が定番で、野球をやめてからは短めの「伸びかけ」でした...


08 家族の反対
「美容師になりたい」譲らず 近くの寺の住職が助け舟 美容とは無縁だった私が突然、美容師を志す—。自分でもまったく予想していなかった展開でしたから、「美容師になりたい」という私の告白に、家族の反応は驚きと反対一色でした。 当時、美容師は女性の仕事という見方が一般的で、私や家族...


クロナガアリの冬の生活
地下4㍍に暖かい巣 集めた種食べ暮らす イソップ物語の一つに「アリとキリギリス」があります。 夏の間も食料を蓄えるため働くアリをよそに、キリギリスは遊んでいて冬に食べ物がなくなり、アリに助けを求めるという話です。この働き者のアリのモデルになったのが「クロナガアリ」です。...


09 美容学校入学
学ぶ楽しさ—充実の日々 トップの成績取れるまでに 1972(昭和47)年4月、東京・渋谷の「国際文化理容美容専門学校」進学のため、私は電車を乗り継いで一人で上京しました。親の反対に遭いながらも、自分の信念を押し通して実現した美容学校進学でしたが、この時は期待より不安や心細さ...
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