27 美容師養成機関の設立

若手・ベテラン共に刺激 ALPHA全体の勢い加速

開店20周年のパーティーで、社員たちに囲まれる私と妻(中央)

 1986年、南千歳に開設した美容師養成機関AHA(アルファ・ヘア・アカデミー)は、一言でいうと「店舗兼美容を学ぶ場」。型破りなシステムと料金が特徴の新しい美容室でした。

 新入社員がALPHA各店でお客さまを施術できるようになるには、最低3年の下積みが必要でした。しかし、AHA開設以降は、入社1年目から24の技術・接客のテストに挑戦し、合格すれば「ジュニア」としてAHA店内でお客さまを担当できました。

 当時ALPHAのカット料金は3500円からでしたが、AHAは破格の1000円。ベテラン美容師数人がジュニアの指導役として常駐し、経過や仕上がりを厳しくチェックしました。

 お客さまからの指名が基準に達したジュニアはAHAを卒業し、晴れてALPHA各店に配属され美容師としてデビューできました。

 このシステムは若手の心に火をつけました。技術はもちろん接客が駄目では指名をもらえず、いつまでも卒業できません。ジュニアたちは早い段階から技術と接客の二つを身に付けようと切磋琢磨し、練習に励みました。

 AHAは「安い」「若い美容師で話しやすい」と中高生を中心に人気を集め、市内外から60人以上が来店する日もありました。AHA時代のお客さまが配属先に付いてきてくれるケースもあり、若年層の顧客開拓にもつながりました。

 一つだけ、経費の問題がありました。低料金のため店の利益はほとんど出ない一方、ジュニアたちと本来なら正規の売り上げを上げる指導役の給料に加え、家賃や水道代などの経費は普通の美容室並みにかかったからです。しかし、私は満足でした。入社年数の浅い社員たちが野心的に練習し、めきめき力をつけていく姿は、ベテランや中堅社員にも刺激を与えました。「力のある美容師を育てたい」という私の願いと、「成長し続けたい」という社員の熱意。この二つの思いが、がっちりとはまった歯車のようになって力強く前進し、ALPHA全体の勢いを加速させていきました。

 開店20周年を前に市内8店まで拡大。南千歳公園で行っていた朝礼には50人の社員が集合しました。大人数のあいさつ練習は隣のビルで働く人から「うるさい」と怒られることもあり、室内に切り替えました。お客さまが多過ぎてボイラーの給湯が追い付かず、シャンプーの際のお湯が出づらくなり慌てた店もありました。

 20年の間に取り組んだことはほかにもあります。他店の美容師を対象とした「カット教室」。開店翌年に市内の美容室としては初めて開いた「ヘアショー」は、規模を拡大しながら毎年続けました。社員がイギリスの美容学校に留学する海外研修制度の導入や、ロンドン・ロサンゼルスでの海外撮影会も行いました。

 「長野の美容界を変える」「人材を育てる」。開店時の二つの目標をほぼ実現した私は、ひそかに温めていた三つ目の目標に向かって動き出しました。それは、東京・原宿への進出でした。

 聞き書き・村沢由佳


2022年3月26日号掲載