14 日本ソムリエ協会

「新人」の頃 会長と意気投合 06年マスターソムリエに

日本ソムリエ協会の総会で行われた、マスターソムリエの授与式(中央)

 1985年、私は日本ソムリエ協会に入会しました。推薦人は田崎真也さんでした。翌86年、協会が初めて開催した欧州ワイナリー見学ツアーに、私は「面白そう。行ってみよう」と軽い気持ちで参加しました。

 後で知ったことですが、約30人の参加者のうち8割は協会の役員で、ほとんどが都内の有名ホテルのソムリエでした。私のような「新人」は少数派でした。それなのに、どういうわけか、行きの飛行機の中で私は、日本初のソムリエで、初代協会会長の浅田勝美さんの隣に座りました。特別の理由もなく、たまたまだったわけですが、欧州までの約12時間、どういう経緯で協会設立に至ったか、私が長野で何をしているかなど、浅田会長との会話は弾み、会長とすっかり意気投合しました。

 86年はソムリエ資格の認定試験が始まった年でもありました。私は87年にワインアドバイザー、88年にソムリエの資格を取得しました。ソムリエ試験の受験者が急増し始めたのがこの頃で、運営に関わる試験要員を増やすことになり、私は採点官に任命されました。

 ワインアドバイザー資格を取って間もない身ながらなぜ採点官に抜てきされたのか。84年にソムリエコンテスト出場の実績があったことは大きかったと思います。86年の欧州ワイナリー見学ツアーや協会のイベントに参加し、ワイン普及への熱意に協会が目を留めてくれたことも理由にあると思います。私は期待を感じ、それに応えようと努めました。

 私は、試験の採点に加えて、実技試験のサポートも長年務めることになります。年々増える受験者にソムリエの将来性を感じるとともに、試験に臨む受験者らの真剣な姿勢に私自身も影響を受けました。私が開いていた「ワインを楽しむ会」に参加するソムリエ志望者への指導にも熱が入りました。その結果、多くのソムリエを誕生させることができました。

 ワインアドバイザー部長になった時のこと。当時、ソムリエになるにはレストランに5年以上の勤務経験が必要でした。そのため、一流企業を辞めてレストランに移る人がいました。私は「そこまでしなくても…。趣味の延長としてレベルを上げてくれればいいのでは」と思っていました。そこで私はレストラン勤務経験の必要がない「ワインエキスパート」という資格を新設し、一般の人にも門戸を広げました。

 私はソムリエ協会の中枢で要職を務める機会に恵まれ、その後も、会計部長、田崎さんが副会長時代には常務理事を務めました。

 2001年に、上信越支部が設立した際には、前身の上信越地区長だった私が支部長に就き、約10年務めました。役職に就くと、協会発展のためにより尽力するようになりました。

 そして2006年、私は「マスターソムリエ」の名誉称号を受けました。これは、シニアソムリエの資格を持ち、ソムリエ歴が20年以上なければなりません。さらに協会の役員として大きな貢献をした人が推薦され、選考委員会で認定されます。10人の理事の推薦と別の10人の理事の選考で決まる、厳しくて狭き門のポジションです。授与の一報を聞いた時には、改めて身が引き締まりました。

聞き書き・斉藤茂明


2022年8月6日号掲載