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=2時間24分

長野千石劇場(☎︎226・7665)で公開中

(C)「月」製作委員会

入所者への暴力・虐待   そしてついに事件が

 相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件をモチーフに、人権、反差別、平等、寛容といった理念の再考を問いかけた辺見庸の小説「月」。命の尊厳を問い詰めた社会派小説の映画化だ。

 重度障害者施設「三日月園」で働くことになった堂島洋子(宮沢りえ)は、デビュー小説は評価されたものの、何年も作品が書けなくなった元有名作家だ。 

 夫の昌平(オダギリ・ジョー)とは互いを気遣い、穏やかにつつましく暮らしている。

 施設の同僚で作家を目指す陽子(二階堂ふみ)は、気さくに何かと洋子に声をかけてくる。施設の職員さと君(磯村勇斗)は絵が得意で、お手製の紙芝居で入所者と接する優しい青年だ。だが仕事に慣れるにつれ施設の影の部分が見えてくる。職員による入所者への暴力や虐待、職員同士のいじめ。それを見ぬふりして隠蔽する上司。そしてついに事件が起きた。 登場する人物は誰もが心に苦悩を抱えている。夫と触れ合えない洋子。快活に見えながら一人の時は陰気な陽子。気弱なさと君はジムで怒りを発散している。介護することで優位に立ち、残虐性を見せる職員たち。表の顔と裏の顔の大きな落差に、人間の本質とは何かと自問せずにいられない。役者たちの複雑に変化する繊細な演技が印象深い。

 日本アカデミー賞を授賞した「新聞記者」(2019年)や「あゝ、荒野」(17年)などのプロデューサー、故・河村光庸による企画。依頼を受けた石井裕也監督は、選別殺人という衝撃的な内容に覚悟を決めて臨んだという。脚本も手掛けた石井監督は、実際に施設に従事する人々や利用者に取材を重ね、施設の実情や事件の本質に迫る作品となった。

 声を上げることができない障害者だけでなく、高齢者や子どもたちなど弱者への差別や虐待が日常的に起きている日本社会。人間の心の奥底に眠る歪んだ狂気が引き起こした事件のおぞましさに、人間とはかくももろく壊れやすいものなのかと切なくなる。言い知れぬ人間の罪深さに、喉元に刃を突きつけられたような、痛みを伴う問題作だ。

日本映画ペンクラブ会員、ライター


2023年10月14日号掲載

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