=2時間
長野グランドシネマズ(☎︎233・3415)で6月2日(金)から公開予定

(C)2022映画「波紋」フィルムパートナーズ
無神経な夫との生活 妻の笑顔の不気味さ
「かもめ食堂」「めがね」など、自ら書いたオリジナル脚本の映画化で知られる荻上直子監督の最新作「波紋」。夫に依存してきた専業主婦が、さまざまな問題に直面し、苦悩しながら己を見つめてゆく人間ドラマだ。
依子(筒井真理子)の夫・修(光石研)は東日本大震災の年に失踪してしまう。夫不在の間、義父を介護し最期をみとり、スーパーでパートをしながら育てあげた息子の拓哉(磯村勇斗)も社会人となり、家を出て遠方に勤務している。一人暮らしの依子の心のよりどころは新興宗教「緑命会」の仲間たちとの時間だ。
ある日、10年以上も音信不通だった夫が突然帰ってきた。戻ってきた理由は、がんの高額な治療費の無心だった。身勝手な夫の言い分にあきれるが、「緑命会」のリーダー、橋本(キムラ緑子)に自己犠牲の試練だと諭され、病気の夫を受け入れる。だが無神経な夫との生活に、肉体的にも精神的にも追い詰められてゆく。
依子に降りかかる災難は女性たちが共感できることばかり。更年期障害による体の不調。パート先のスーパーではクレーマーの老人に振り回され、息子が相談なく連れてきた結婚相手が気に入らない。理性で怒りを抑えながらも、次第に邪悪な感情に目覚めコントロールを失ってゆく依子の笑顔の不気味さ。荻上監督自身も、当て書きしたという筒井真理子のしたたかな姿を見て、狂った女の話だとあらためて気づいたという。
天から落ちた一しずくが水面に幾重にも広がる波紋のように、小さな感情の揺らぎが平穏な日常を奪ってゆく。作品のテーマとなった水を随所に使った映像表現が面白い。依子が自宅の枯山水の砂に描く波紋は、美しくも無機質で依子の乾いた心のようだ。宗教家のまことしやかな言葉を信じて大金で購入した「霊水」入りとされるペットボトルが大量に積み上げられた部屋は、洗脳される人間の弱さと、社会問題化した宗教と高額献金の問題が脳裏に浮かぶ。
作品のキャッチコピーは「絶望を笑え」。全編にちりばめられたブラックユーモアを、見事なエンターテインメント作品へと昇華している。
日本映画ペンクラブ会員、ライター
2023年5月27日号掲載