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ある男

=2時間1分

長野グランドシネマズ(☎︎233・3415)で公開中

(C)2022「ある男」製作委員会

他人の人生を生きた 「夫」は一体何者なのか

 一切の過去を捨て、実在する他人に成りすまして生きた男。なぜ、彼は他人の人生を生きようとしたのか。「ある男」は、「自分とは何か」「他人とは何か」を問いかける、作家平野啓一郎の小説の映画化だ。

 離婚し実家に戻っていた里枝(安藤サクラ)は、物静かな青年、大祐(窪田正孝)と出会い再婚する。子どもにも恵まれ、一家4人で幸せに暮らしていたが、大祐が不慮の事故で亡くなってしまう。長年疎遠になっていた夫の親族が焼香に訪れ、判明したのは、全くの別人であるということだった。その時から、大祐ではなく、「Ⅹ」という謎の男になった。里枝はかつて前夫との離婚調停で世話になった弁護士の城戸(妻夫木聡)に、その謎の男「X」の身元調査を依頼する。愛し共に暮らした「夫」は一体何者なのか。

 情報社会をかいくぐり、自らの存在を抹殺し別人として生きることを選んだ男。他人に成りすますことは果たして可能なのか。その謎に迫るヒューマンミステリーとしてだけでなく、物語の根底に流れるもう一つの骨太なテーマが、今の日本社会にはびこる差別感情だ。憎しみをあおり、人々を分断するヘイトクライム(憎悪犯罪)。いわれのない差別に苦しめられる人々。調査を続ける中で城戸自身が直面するのは、犯罪者家族や日本人の在日韓国人に対する偏見から生まれる差別だ。

 原作の世界観をあますことなく映し出す魅力的な出演者の顔ぶれも見どころの一つ。過去に傷つき、密やかに隠れて生きようとし、愛を求めた里枝と大祐。仕事では高い評価を受ける一方で、家庭では冷えた夫婦関係から孤独にとらわれる城戸。登場人物が、それぞれに抱えてきた苦悩と悲しみが繊細に描かれてゆく。脇役では、城戸を巻き込み翻弄(ほんろう)しようとする、詐欺師役の柄本明の怪演に背筋が凍る。

 過去を捨て、生まれ変わって生きたいという切なる願い。真実が明かされた時、「ある男」の背負わされてきた運命に胸が痛くなる。

日本映画ペンクラブ会員、ライター


2022年11月26日号掲載

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