9 ワインを楽しむ会

初心者からプロまで参加 長野のワイン文化高める

松本市のレストランで開催した「ワインを楽しむ会」

 1980年代初頭の日本で、ワインが酒類の中で占める割合はわずか1、2%でした。私は将来ワインが伸びると信じていたものの、あまりにもわずかなので残念で仕方ありませんでした。そこで私はまずワインを知ってもらうことでファンを増やそうと考えました。そして1983年、自ら講師となり「ワインを楽しむ会」を立ち上げました。

 スタートは諏訪の酒店の2階だったと思います。まずは酒屋さんたちにワインを勉強してほしいとの思いからでした。その後すぐに飯田市郊外の小さな公民館、さらに長野市でも始まるなど、順調に滑り出しました。当初は私から会の開催を売り込んでいましたが、徐々に「開いてほしい」とリクエストをもらうようになりました。

 私は、「村の公民館から帝国ホテルまで」をモットーに、老舗の一流ホテルや高級リゾートホテルで開くこともあれば、小川村など山あいの公民館や集会所でも行い、ワインの魅力を伝えました。

 白馬村では、農協の大広間を借りて開いた輸入ワインの試飲会が、その後1軒のペンションを中心に、宿泊、飲食関係者など約60人が参加するワインの勉強会になりました。さらに1989年に「北アルプス ワインを楽しむ会」へと発展し、白馬村のワイン文化をけん引するような組織になりました。ちなみに先日、当時の参加者が集まり「同窓会」を開き、私も駆けつけました。30年の時を経てもつながりがあるのは素晴らしいことで、やっていて良かったと思いました。

 会は毎月、または2カ月に1回開催していました。内容は、6種類のワインを用意し、ワインの造り方や味わい方、楽しみ方について話し、飲み比べなどを行っていました。参加者は、ワイン初心者ばかりのときもあれば、シェフやソムリエなど、すでにワインの知識をある程度持ち合わせ、さらにレベルを高めたいというアカデミックな目的を持っている人がいたときもありました。ソムリエを目指す人も多くいて、養成講座を設けていました。

 また、村の農家が集まり、ワインを楽しみながら、ワインブドウの栽培について話し合うなど、地域おこしの一環として行うこともありました。

 村の公民館から高級ホテルまで、場所や参加者のレベルは問わなかったものの、「ワインファンの拡大」という軸はぶれないように地道に活動の場を広げていった結果、会の数は最も多い時で20を超えました。中には「長野ワインアソシエイション」など、初期に発足して今に続くものもあります。

 ある人からは「そんなに会員を増やして、政治家にでもなるのか」と冗談交じりに言われたこともありました。私自身、気付いたら会はそれほど大きく「成長」していたのです。

 会の活動が下地となり、日本ソムリエ協会の上信越支部設立の話が持ち上がった時には長野県のソムリエの数は120人以上に上り、周辺各県の2、3倍と圧倒していました。その後、長野県原産地呼称制度立ち上げの際には、会員、元会員が応援団として大きな力になったことは間違いありません。

ンを増やしたい」という思いで始めた「ワインを楽しむ会」が、ワインへの関心を一般の人に広めたことに加え、多くのソムリエやワインエキスパートを輩出するなど、長野県のワイン文化のレベルを底上げしたことはうれしい限りです。

 聞き書き・斉藤茂明


2022年7月2日号掲載