7 なぜ「ワイン」か

小学生の時ディナー体験 紳士的もてなし衝撃的

2005年から約5年間ソムリエを務めたリゾートホテル「テラス蓼科」(茅野市)で。系列の大手企業の重役が重要な接待をする際などに出向いた

 南信を中心に県内を精力的に営業活動した約10年間。その後半は、兼務していた常務として、父でもある社長から少しずつ重要な仕事を任されるようになりました。

 そして1985年、34歳の時、会長になった父に代わり、7代目社長に就きました。30歳を過ぎたあたりから7代目への覚悟は徐々に培われていきましたが、いざ就任すると気が引き締まりました。私は、日本酒、焼酎を続ける傍ら、かねてより温めていた「ワイン」の取り扱いに本格的に力を入れ始めました。

 では、そもそもなぜワインだったのか。他社がほとんど見向きもしない中、私はワインのポテンシャルを信じていました。その原点には、小学生の時、ホテルで受けたサービスが大きな影響を与えていることは間違いありません。

 小学4年生の頃、東京に嫁いだ叔母が夫婦で帰省した際に定宿にしていたホテルに私を連れて行ってくれました。以来、5、6年生になってからも、志賀高原や妙高高原の二つのホテルに一緒に行きましたが、大手の炭鉱会社に勤めるエリートサラリーマンの叔父らしく、どちらも一流ホテルでした。

 ディナーはフランス料理のフルコース。レストランの重厚なテーブルにつき、一皿ごとにサービスの人から料理の説明を丁寧に受け、食べ終わると「お味はいかがでしたか」と尋ねられました。小学生だった私への態度は、大人に対してと変わらず紳士的で、そのもてなしは子どもながらにとても心地よく感じ、王様になったような気分でした。「これが一流のサービスというものか」。衝撃的な体験は今もはっきりと覚えています。

 社会人になり自分で稼ぐようになると、給料をためて、時々東京などの一流ホテルのレストランに一人で出かけました。帝国ホテルのメインレストランだった「フォンテンブロー」にも何度か訪れました。小学生の時に一流のサービスを体験していたため、緊張することもなく、ホテル独特の心地よい空気感とサービスに身を委ねていました。ホテルの雰囲気は特別で、別世界へと誘ってくれました。

 フランス料理にワインは欠かせません。ワインをオーダーすると、ソムリエがワインの説明をしてくれます。それを聞きながら1、2時間、ゆったりと過ごすひとときは何とも心地よく、私はこの雰囲気に完璧にはまってしまいました。

 ワインは味や香りに、歴史、地域の風土、作り手の思いなどさまざまなストーリーが加わり、華やかな料理やホテルの重厚な空気感にも負けない力を持ちつつ、その雰囲気と融合するような不思議な力も持っていました。そんな魅力に引かれた私がその後、ワインに興味を持ち、注力するのは自然なことでした。

 そしてワインについて調べ始めて分かったことの一つが、例えば、フランスではワインの消費量が減る代わりにビールが増えていました。またドイツでは、ビールが減少傾向の一方でワインの人気が高まっていることでした。その国の「国民酒」の消費が減り、別の酒の需要が高まっていたのです。日本もこの流れになるだろうと読み、日本酒は減っていき、代わりに伸びると目をつけたのがワインだったのです。

 実際、日本酒の消費が伸び悩む中、ワイン人気は高まっています。現在弊社のワイン取扱量は全体の約7割。日本酒・焼酎と完全に主力商品が逆転し、弊社は大きな転換を遂げました。

 聞き書き・斉藤茂明


2022年6月18日号掲載