4 大学時代

勉学・バンド…のめり込む 凝り性 プロ並みに上達も

大学時代のフランス語の辞書は今も愛用している

 勉強嫌いの高校時代でしたが、進学クラスにいたので大学に進学する気持ちはありました。両親の勧めもあり、推薦で千葉商科大学へ進みました。

 大学のサークルはマンドリン部でパートリーダーを務めていました。しかし、2年生になって体調を崩したため長野の実家に戻り、入院などで半年ほどいました。その時「この大学は自分に向いていないのでは」と思い、「別の大学に入り直そう」と決意し、それから半年、懸命に勉強して再入学したのが法政大学経営学部でした。法政大学では勉強にも身が入り、2年生の時には「徹底的に勉強して1番を目指そう」と思い立ち、「講義は一番前の席で集中」という授業態度を1年続けました。上には上がいるもので残念ながらトップにはなれなかったものの、2番の成績を取りました。同窓会に出た時に成績優秀者として表彰されたことを高校時代の先生に話すと、先生は「あの高野が—」と驚いて泣いてしまいました。

 大学で1番を取るために徹底的に勉強し、自分なりに効率的な勉強の仕方を見いだしました。私が考えたのは、大切だと思う箇所をピックアップした試験問題を自分で作り、それを繰り返しやり、できなかったところを正解するまで続けるという方法でした。社会人になってから、ワインアドバイザー、シニアワインアドバイザー、ソムリエ、シニアソムリエ、日本酒利き酒師、日本酒学講師、バーテンダーと毎年一つずつ資格を取ってきましたが、この勉強方法のおかげで、いずれも試験は一発合格でした。

 大学では友人とフォークソングのバンドを組みました。ギターとウッドベースを担当し、バンド名は鳥を愛する人たちという意味の「バードファンシャーズ」。ほかの大学の学園祭に出演して賞品をもらったり、夏に戸隠キャンプ場で合宿した時には、キャンプをしている人に呼ばれて演奏したりしました。腕前はセミプロ級だったのではないでしょうか。ギターを持って大学に通い、講義が終わるとよく外で弾いて歌っていました。今でも路上で歌っている若い人を見るとかつての自分と時々重なります。聴いていて、「そこはちょっと直した方がいいんじゃない?」と思ったりすることもありますが…。

 演奏してギャラをもらったこともあります。川崎市の成人式に、当時人気のあった上条恒彦さんがゲスト出演した際にバックで演奏した時です。1万円だったでしょうか、気分はプロでしたが、実際にプロになろうとはまったく思いませんでした。音楽は好きで今でもクラシック系を主に聴きます。

 多分、凝り性だけれど、ある程度まで極めると冷めてしまう性格なのでしょう。大学2年の時に勉学に打ち込んだのもそう。一念発起し、高校の先生が泣いて喜ぶほどの成績をあげることができましたが、3、4年生の時は普通の成績に。お店の人から「プロですか」と聞かれるくらいパチンコ店に通いつめたり、当時よく行ったビリヤード場でプロの中でやるうちに上達して「プロにならないか」と誘われたり。ただ、どちらも「プロレベルまで上達した」と感じた時点でさっと手を引いてしまいました。たばこも粋がって吸い始めたものの、ある日「今日は何てたばこがおいしいんだ」と感じた瞬間があって、その時点でやめました。

 大学生活で後悔があるとすればフランス語とドイツ語です。これほどワインに関わることになるなら、もっとしっかり勉強しておけばよかったと残念でなりません。

聞き書き・斉藤茂明


2022年5月28日号掲載