30 苦心して詠む重いテーマ


 太平洋戦争末期の1945(昭和20)年、原子爆弾が日本に投下されました。8月6日に広島へ、そして9日に長崎へ。その悲惨な被害を、丸木位里・俊夫妻は絵画作品に残しましたが、俳句にも詠われています。


原爆図中口あくわれも口あく寒   加藤 楸邨


 53(昭和28)年作。普通の俳句の五七五のリズムとは異なる句です。「げんばくずちゅう、くちあく」「われもくちあく、かん」と何度か読んでみてください。真向かっている「原爆図」に描かれた人々は苦渋に口を開いている、それを見ている自分も無意識に口を開いている、今は寒中。という句です。原爆図から受けた衝撃に、自己の姿を加えて表現しています。


彎曲し火傷し爆心地のマラソン   金子 兜太


 58(昭和33)年作。日本銀行員だった作者の兜太はこの年、長崎支店に赴任します。そして被爆地に身を置いたことによってこの句が生まれました。「わんきょくし、かしょうし、ばくしんちのマラソン」と読んでみてください。平和な時代となり、マラソン競技が行われていても、爆心地と思うと、かつての被爆者の苦しむ様が幻影として浮かび、重ね合わされてしまうというのです。


瞬間に彎曲の鉄寒曝(かんざら)し      山口 誓子


 62(昭和37)年作。広島の原爆ドームを見て詠まれた句です。あのドームの形を捉えて「瞬間に彎曲の鉄」という表現は納得できます。「寒晒し」という季語は、本来、白玉粉などを作る過程で、粉を寒の水に晒しておいしくするという意味です。ところが掲句の「寒曝し」は寒中、寄るべきものもなく風雨にさらされているドームを表す言葉として用いられています。

 原爆という重いテーマを詠むために、俳人はリズムや語句の意味を改変し、苦心していることが分かります。


2021年7月17日号掲載