30 岡学園80周年
- 2025年8月23日
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母から娘へと継いで今に 100周年へ「共創」の場として

2026年春、岡学園は創立80周年を迎えます。母が創立し、校長を50年間務めた後、私が校長となり30年間。戦後80年の大きな時代の変化に対応しながら親子2代で継いできた年月の積み重ねが今につながっています。
今回「私の歩み」連載を通して、自身の来し方を振り返り、さまざまな気付きがありました。自分を信じて進むことの大切さ。また、いかに多くの方々に良き縁をいただき助けられてきたかなど、改めて実感できたことをとても感謝しています。
そして、母もまた30年近く前にほかの新聞社の取材を受け、当時13回にわたり、同様の記事が連載されていたことを知りました。生い立ちから、学園創立や運営のこと、結婚、出産、育児、私が長野冬季五輪で開いたファッションショーのことまでつづられ、教育者として、また、母親としての人生を振り返りながら最後に「これからは、学校発展のため、側面から支援協力しながらいろいろなことを楽しみたい」と結んでいました。

先日、当時を知るライターの方にお会いすることができました。あの取材から30年たってお聞きする話…。母がインタビューを受けた76歳の時のことです。「2年前、実は校長をバトンタッチし、やっと自分も肩の荷を下ろし、このような時間が取れるようになったのですよ」と笑顔で話す母。「娘の正子が跡を継いでくれて本当にうれしかった…」。どんな時も学校、学生を第一に考えていた母でしたが、この時はとても穏やかで、気さくに話していたようです。いつも凜(りん)と、姿勢良く、きちんとした装いで、無駄話はせず…。そんな母が意外にも、「疲れた時にはコーラでも飲みなさい、元気が出ますよ」と話してくれたのがとても印象的だったそうです。そんな母の13回の連載と、今回の30回にわたる私の連載とが交差するように母娘の思いとしてつながり、一つの物語になったと思うと、とても感慨深いものがありました。
誰しもそれぞれの「人生」があり、それは不思議なことに出会う人との「縁」によって変わっていくものです。振り返れば私の人生もまさにそうでした。理想と現実のギャップに心折れそうになった時、自分の心と向き合い、目の前のことに集中し、諦めることなくトライし続けた年月。そして、その継続の先には、いつも可能性を感じ「縁」をつないでくださった人々の存在や、出会いがありました。

「私の歩み」を通じ、とてもうれしい出会いもありました。読者の一人(お母さま)から送られてきた小学校2年生の娘さんが描いたかわいらしい何枚かのデザイン画。そこには「私は将来デザイナーになりたい…」と書かれていました。なんともほほ笑ましく娘さんを見守るお母さまの気持ちが、ふと私の母の姿とも重なりました。
私は岡学園の80周年、そして100周年へと続く道を、地域の皆さまへの感謝と共に、一人一人の「可能性」をお互いに育む「共創」の場でありたいと思っています。誰もがお互いの可能性を信頼し、生かし合いながら一緒につくり上げていく未来。きっと岡学園には、それぞれの成長ややりがいを共に喜び合う、ここだけの「居場所」が生まれてくるでしょう。
20年後…。私も米寿になって迎える100周年では、卒業生やスタッフ、学園を支えて応援してくださった全ての方々と共に笑いながらさらなる「未来」を語り合いたいと思っています。
(聞き書き・中村英美)
岡正子さんのシリーズはおわり。
2025年8月23日号掲載



