29 上五へ戻る読者の心


 松尾芭蕉の教えをまとめた書物に「三冊子(さんぞうし)」があり、その中に「発句(ほっく)の事は行きて帰る心の味わいなり」という言葉があります。

 「おくのほそ道」の句、


閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉の声  芭蕉


 では、突然「閑さや」と言われ、読者は「何が?」と思います。すると「岩にしみ込むような蝉の声がね」という答えが表れます。中・下を読み終わった読者の心はもう一度、「閑さや」に戻ります。上に切字「や」があるゆえに、上五から中・下へ、そしてもう一度上五へという無限のループが起こります。十七音しかない小さな俳句が無限の魅力を持つのはこの無限ループ、つまり「行きて帰る心の味わい」があるゆえなのです。


羅(うすもの)や星の夜風に織られたる  佐怒賀正美


 夏に着る、薄くて涼しい衣類が「うすもの」です。それは星の美しい夜空のもとで織られた織り物で、それゆえに涼しいんだよと言っている句です。この句の「織られたる」は連体形。「織られたる羅」と、名詞に続く形です。それゆえ読者の心は下五からまた上五の「羅」に帰ります。


底冷や弥勒(みろく)の思惟(しい)の降り積り  小林貴子


 年末に京都の広隆寺を訪れた日は、京ならではの底冷えでした。美しい半跏(はんか)思惟像が深い思考を永遠に続けています。「降り積り」は連用形。「思惟が降り積もってこの底冷えになったんじゃないかな」と、上五に戻る気持ちで詠みました。


手毬(てまり)唄かなしきことをうつくしく  高浜虚子


 「かなしきことをうつくしく」というフレーズは、何にでも当てはまってしまう言葉のようにも思えます。ですが、この句は上五の「手毬唄」に心が帰るので、単に一般論ではなく、具体性を兼ね備えています。そして手毬唄のかなしさ、美しさは無限に反響します。


2021年6月19日号掲載