3年前、手術をきっかけに 新社長の成長たくましく
2018年3月、頸椎の手術を京都の病院で受けました。
大学2年の時、スキーの大会前日の練習中に転倒。首を骨折し2カ月間入院する大けがをしました。その「古傷」の痛みが年とともにだんだん増してきて病院で診てもらったところ、医師から「頸椎の手術をしないと下半身不随になる」と言われ、思い切って手術を受けたのです。
5時間にわたる手術は成功し、1カ月ほどで退院できました。が、痛みや凝りで集中力が続かなくなり、こんな状態で社長として仕事をするのは無責任だと思いました。妻のまゆみさんからは「今まで忙しかったので、そろそろゆっくりしてほしい」と言われました。
私は、次から次へと持ち上がる経営上の問題に先頭を切って取り組み、危機のときこそトップとして体を張って会社を守っていくという気迫を持って経営にあたってきました。経営の世代交代の時期は以前から考えていましたが、実行は難しいもので、手探りで準備を始めました。
手術で私の体が弱ったことは、交代をスムーズに進める良いきっかけになりました。手術から3カ月後、良太に社長をバトンタッチし、私は会長に就きました。
20年1月ごろから会社にも新型コロナの影響が出始めました。店舗の休業、大幅な売上高の減少により、会社は大きな危機に直面。息子たち若き経営陣がこれを乗り越えたら絶対に自信になる、良い経験をするチャンスだと思い、中途半端に口を挟むのはやめ、「もう会社に出社しないから」と息子たちに話しました。すると、良太も直樹も「大丈夫だから、自分たちに任せてほしい」と賛成してくれました。今は、ビデオ会議システムの「Zoom(ズーム)」で役員会だけ参加しています。
社長を交代するまで、良太は会社の中期計画、経営管理、資金繰りや店舗拡大に伴う人材確保、フランチャイズ化、物流網(倉庫、配送)、情報インフラ整備、海外展開を担当。会社や現場の問題点、社員の悩みなどの改善に向けてさまざまな思いを温めてきたのだと思います。それを実行に移し始めて3年。数字に基づき、思い切って20店舗を閉店するなど、新しい社長だからできる決断をしています。
良太は社長就任に当たり、全社員に対し、「自分は創業者から指名されて社長になったけれど、これからは皆さんから信頼され、選ばれる社長になります」と決意を語りました。工場、店舗、全てのセクションのスタッフと小グループで丹念な話し合いを徹底しています。コロナ禍による人員削減は一切しないと全社員に宣言し、店舗閉鎖で生まれた余剰人員は急増したネット通販や物流業務に振り分け、危機を見事に乗り越えました。また、経営内容の善しあしにかかわらず、全社員に向け、情報公開を徹底しました。
品質に徹底的にこだわり、商品に磨きをかけるためにはいったん急成長を止め、足踏みすることもいとわず、おいしさの追求のためにあえて効率の悪い生産方法を取り入れる選択もしました。店舗数や売上高ではなく、一つの商品がお客さまにどこまで支持してもらえているかにこだわった結果、リピーター率は上がり、売り上げはむしろ伸長しました。
この3年間、リーダーシップを発揮し、必死で頑張り抜き、たくましく成長し、役員、社員の信頼をかち取ってくれたと思います。良太が多感な中高生の頃、サンクゼール(旧斑尾高原農場)は借入金過多で、いつ倒産してもおかしくないという風評がありました。悔しい思いをし、私に反発した反面、経営書をよく読み「経営コンサルタントになりたい」と言っていました。内心親を助けたいという思いがあったのだと思います。そうした体験も良太の基礎になっていると感じます。
聞き書き・松井明子
2021年8月28日号掲載