26 岡学園に「全集中」
- 2025年7月19日
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隣接の土地・建物を購入 70周年機に新学科創設へ

杉野学園ドレスメーカー学院(ドレメ、東京)の院長になって3年が過ぎた2014年、後任の院長はせめて思いを託せる人を自分の責任で見つけようと動き始めたある日のことです。私のエコロジーブランド「エコマコ」のポリ乳酸繊維を生産する大手繊維メーカーの担当者が私を訪ねてきました。
話を聞くと、2004年から、CO2(二酸化炭素)削減につながるポリ乳酸の市場拡大に努めてきたものの、環境繊維の顔として今や石油由来の再生ポリエステルの方がポリ乳酸繊維より安価なため、原料費の高いポリ乳酸の市場拡大は今後おそらく見込めないだろうという社内結論に至ったというのです。「大変申し訳ないのですが、あと3年をもって、ポリ乳酸の生産はできなくなります…」と。それは私にとって言葉にならない大きなショックでした。しかし、日本を代表する繊維メーカーが世界市場を見据えて企業方針として考え抜いて決めたこと。私はその決定を受け入れるしかありませんでした。
思い返せば、2000年代に入った頃には、石油の枯渇に対する懸念が高まり、石油由来のポリエステルは高騰。それに代わる繊維としてポリ乳酸が10年後には数百億円の市場規模になるだろうと見込まれていました。そのような中、私は世界で初めて誰も見たことのない最先端繊維を、自ら機屋さんと共にテキスタイル開発しました。ブランド展開を続け、海外でも今後を期待され賞も頂くなど、初めて環境ファッションをかたちにしてきた人として、中学、高校の家庭科の教科書に載せていただいてもいました。
しかし、私の中でやれることはやったという気持ちとともに、育ててきたオリジナルブランド「エコマコ」の縮小も将来的に考えていかなければなりませんでした。

一方、ドレメの院長職の後任を探し始めておよそ半年が過ぎた、2014年のことです。ようやく推薦できる人が見つかり、理事長にお引き合わせし、ご理解いただくかたちで年度末の退任を決めていきました。就任当初は、新しい環境にやりづらさも感じましたが、スタッフとはやがて、信頼し合える大切な仲間、「ドレメ」を盛り上げていけるチームとなりました。だからこそ、まだまだやりたいこと、やれることがあったと心残りですし、正直言えば、自分が違う環境に置かれていたのであれば、今も院長を続けていたと思います。
結果、4年間のドレメ院長でしたが、私を抜てきしてくださった理事長はじめ関係者の皆さまに、最後は笑いあり、涙ありのとてもすてきなお別れ会を開いていただきました。その時私は、志半ばで後にすることの申し訳なさと、皆への感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。ドレメ院長退任後も杉野学園理事として学校運営に携わっているほか、毎年春には大学に特別講師として招かれ、「エコロジーブランド」をテーマに講義をしています。
2015年4月、岡学園に戻った私は今までできなかったことを取り戻すかのように、岡学園に全集中していきます。翌年は岡学園70周年の節目の年。折しも岡学園に隣接する400坪の土地と建物が移転により売りに出されることを知り、今後のデザイン専門学校としての強化を目的に「ここは勝負」と思い切って購入を決めました。そして、イラストデザインコースや長野プロデュース科を新設し、学校を拡大させていったのです。この時94歳の母が書き残している日記には「娘は大勝負をやっている。男性でもできないこと」と記していました。
(聞き書き・中村英美)
2025年7月19日号掲載



