24 開店直後の難題

東京との「地域差」実感 「半歩先」提案のスタンスへ

南千歳の店で働く私(左)

 お客さまが少しずつ増えていくのと同時に直面した難題は、長野と東京の間にあった「地域差」でした。

 原宿時代、一日に30人の顧客を担当して大変忙しかった私は、「黙って座ればピタッと当たる」をキャッチフレーズにしていました。「あなたに似合う最高の髪に仕上げるので、すべて私に任せてください」という意味です。なので、私の中では「お任せ」が当たり前でした。しかし長野ではそれが通用しなかった。

 私は、その人に一番似合うデザインを提供することこそが、プロの美容師の仕事だと思っています。長野でもお客さまに「私に任せてください」と伝えました。私から見ると全然似合わないのに「こんな髪形にして」と言うお客さまには、「私にはできません。別の美容室を紹介します」と言ったこともあります。こうした態度から「ALPHAの杉山は生意気だ」といううわさが立ちました。

 ある日、妻から「なぜお客さまの希望を聞かないの。あなたのやり方ではいつまでもお客さまは増えない」と言われました。私は「言われた通りにやるだけならどの美容師がやっても同じだ。俺が長野に来た意味がないじゃないか」と怒り、結婚後初の大げんかになりました。

 「地域差」は流行の捉え方にもありました。東京ではツーブロックや刈り上げのカット技法が流行していたので、長野でも「これが今のはやりです!」と、ガンガン刈り上げをやりました。原宿では「カッコいい」と喜んでもらえたのに、長野では「こんな頭で会社に行けない」とクレームがきました。

 パーマに対しても同様で、東京では乾いたときに手ぐしでさらっと流れるナチュラルさが理想とされていましたが、その良さが長野では伝わらない。長持ちすることや強めのパーマを好む人が多く、「昨日かけたパーマ、洗ったら取れちゃったわ」と随分やり直しを求められました。ある銀行から「うちの女子社員たちが、お宅の店で派手な髪形にしてくるのでなんとかしてくれ」と電話がかかってきた時は閉口してしまいました。

 次々と直面した東京とのギャップ。それでも私は、東京で培った自分の技術とセンスを信じました。「半年続けて受け入れてもらえなければ、もう東京に戻ろう」。そう腹を決める一方で、妻の意見を聞いて修正した点もあります。

 「一歩」進んだデザインは長野の人にはなじまない。それなら「半歩」だけお客さまをリードするデザインを提案すればいい—。お客さまの要望も聞いたうえで私が考えるデザインを伝えました。ギャップを一つずつ埋めることで、長野で仕事をしていくスタンスが定まっていきました。

 「すてきな髪形にしてくれる」という高評価と「客の言うことを聞かない」という低評価に二分されていた店の評判は、少しずつ高評価が上回っていったように思います。半年後には数カ月先まで予約が埋まり、「予約の取れない美容室」という評判が一気に広がり始めました。

聞き書き・村沢由佳


2022年3月5日号掲載