現地に50回以上足を運ぶ 高めたソムリエの「感度」
1986年、日本ソムリエ協会主催のツアーで私は初めて欧州のワイナリーを見学しました。フランスのボルドーやブルゴーニュといった主要なワインブドウの産地を回り、ドイツの産地にも行きました。90年の2回目の協会主催ツアーではフランスとスペインを回りました。
86年にフランスを訪れた際の通訳者は、ワイナリーの人が話すフランス語を英語に訳していました。今でこそ、日本語の通訳が当たり前ですが、当時はまだ、フランスの地方のワイナリーを日本人の団体が訪れることはとても珍しかったのです。説明が英語だったことに加えて、私は協会に入ってまだ半年余りで、ワインを今ほどは知らなかったので、フランスのワイナリーを訪れても十分に見識を深められない部分がありました。
ツアーはバスで、ワイナリーが50軒、60軒固まっているエリアを回りました。途中、角を曲がるたびに車内でカメラのシャッター音が一斉に鳴り響きました。私以外の参加者は、夢にまで見るような憧れのシャトー(醸造所)のある場所を知っていて、「シャトー○○がどの角を曲がればあるのか」が分かっていたのです。今でこそ、参加者たちの気持ちは理解できますが、当時の私は、参加者のシャッターを切る気迫に驚くばかりでした。
2回目のツアーのあった90年は、高野総本店が徐々に欧州ワインの輸入を始めた時期でもあり、私はこつこつと勉強を重ね、ワインに詳しくなっていたので、1回目より充実したツアーになりました。
私が主宰していた「ワインを楽しむ会」の参加者からも、欧州のワイナリー見学ツアーに行きたいとの声が高まり、私がツアーを企画するようになりました。何度目かのツアー企画で、ロワール川流域にある「プイィ・フュメ」という名のワインの産地に行った時のことでした。ワイナリーの人が「うちのワインは砂地と石灰岩土壌と粘土質の畑で作ったブドウのブレンドだが、それぞれのブレンド比率を当ててください」と言って、ワインを出してきました。栽培地の土壌によってワインブドウの味や香りには特徴があります。
私は、差し出されたワインはそれぞれの特徴を均等に持っていると感じ、「33%ずつ」と答えると、その通りでした。ワイナリー関係者、ツアー参加者からは感心され、私の面目は保たれました。
ワインのブレンドは1%違うだけで味ががらっと変わります。その違いはソムリエになってから10年はまったく分かりませんでした。その差が分かるまで「感度」を高められたのは、日々の努力はもちろんですが、協会や「ワインを楽しむ会」での見学ツアーで何度も欧州を訪れるたびに勉強をし、現地で試飲を続けてきた成果でもあります。
欧州に行ったのは50回以上になります。毎回、ワイナリー内がきれいに整備されているか、栽培がきちんと行われているかなどを確認し、ワイナリーのオーナーには必ず会って話をします。ワインには造った人の人間性が出ます。
毎年、東京の晴海で輸入ワインの展示商談会が開かれます。私はそこに毎回出かけて、高い品質ながら、まだ日本ではあまり出回っていないものを探して商談をします。ここで質と価格の目安をつけてから、現地を訪れ、栽培者やオーナーと会います。現在、欧州での取引先は十数軒の醸造家、ワイナリーに上り、長い人だと二十数年の付き合いになります。
聞き書き・斉藤茂明
2022年9月10日号掲載
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