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16 石川利江さん

展覧会運営などで力添え 作家活動で大きな存在

1998年、游アートステーションでの個展で。(右から)石川さん、私、来場者

 作家活動をしていく上で、文化の中心である東京から離れた地方にいることのストレスを感じないでこられたのは、「ISHIKAWA地域文化企画室」の石川利江さんとの出会いがあったからだと思います。

 長野に戻って間もない頃、東京の現代アート界で有名な堀浩哉展が開催されると知った時はとても驚きました。当時の長野市は、東京の現代アート界とは全く無縁の文化状況に思えていたからです。同展を企画したのは、長野駅前のシーワンビルにあった「フォーラム游」で、文化シーンの先端を走る有名な作家や評論家のさまざまな講座なども開いていました。石川さんはその運営者の一人でした。私はまだ週刊長野で「スケッチin長野」の連載を始める前で、記事を書く仕事のために堀浩哉展に出向きました。その時は、作家に取材しただけで石川さんと話す機会はありませんでしたが、オープニングパーティーの様子に、長野市でこんな場所があるのだと知り、勇気をもらうことができました。

 その後も石川さんの活躍はさまざまなメディアで目にしました。石川さんと初めて話したのがいつだったのか定かではありませんが、石川さんから「女性作家だけのグループ展を開きませんか」とお誘いをいただき、1991年、グループ展「コンテンポラリーウィメンズアート展」を開催していただきました。

 東京芸大卒で東京在住の、活発に作家活動をしている同世代の女性たちとの4人展でした。会場はシェルシェの北側のビルの半地下にあり、道路からはガラス越しに見渡せるコンクリート打ちっ放しの壁面で構成され洗練された空間のギャラリー「游アートステーション」で、フォーラム游が新しく開設したギャラリーでした。その後、1995年と98年には個展も開催してもらい、たくさんのすてきな出会いをいただきました。

 石川さんは、文化・芸術の知識が幅広く、クリエーティブな分野の人とのネットワークを全国に築いています。ギャラリー運営のみならず各地でさまざまなイベントの企画運営をするなど、多岐にわたる活動をされていて、同性の私から見てもまぶしいくらい美しく、それでいて気取るところがなく、さまざまな面で女性の先輩として尊敬できる人です。

 石川さんはその後、1999年に独立し、現在の事務所を立ち上げました。一方、私は東京のギャラリー「スカイドア・アートプレイス青山」の親会社の経営状態が悪化し、協力を得られなくなっていました。そんな折、自分のアトリエを開放するアトリエ展を開催し、独立して間もない石川さんに協力をお願いしました。すてきなお客さまが多数私のアトリエを訪れ、石川さんも交えて会話を楽しみ、中には作品を買ってくださる人もいました。これから長野市で開催する展覧会の運営を一緒にやってほしいと石川さんにお願いしたところ快く受けていただき、現在に至るまで、その関係は続いています。

 展覧会の運営には、広報活動、会期中のイベント企画、作品を展示して空間全体をしつらえ、訪れるお客さまに対応するなど多岐にわたります。私個人が行うよりも、格段に多くの人に展覧会の情報が届き、作品の売買では、事務所が間に入ってくれることでスムーズに運びます。そういった雑務を信頼してお任せできることで制作に専念できるのです。精神的にも物理的にも、いろいろな意味でとても大きな力添えをしてもらっています。石川さんだけでなく事務所スタッフも尊敬できる素晴らしい人たちで、長い時間をかけてお互いに信頼関係を築いてきました。現在まで続く私の作家活動において、とても大きな存在です。

 聞き書き・松井明子


2023年9月23日号掲載

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