12 「ヘルプ」の仕事

プロの技術を間近で学ぶ 先輩から「盗む」難しい習練

下積み時代、一張羅のジャケットを着た私

 インターン時代、5カ月かけて店長からシャンプーレッスンの「合格」をもらった私の前に現れた次の試練は、接客する錦織光弘先生や先輩美容師の後ろに立って助手として動く「ヘルプ」の仕事でした。プロの技を間近で学ぶことのできる貴重な機会ですが、これも難しい習練でした。

 ヘルプは、先輩たちの動きを見ながら次にどの道具を使うかを予測し、はさみやロッド、ピンなどを手渡していく仕事です。「次はここをカットするから、先生はこのはさみを使うはずだ」「この長さの髪を巻くには、この太さのロッドが何本必要だ」などと、必要な物を予想して、さっと手渡すことが求められます。次に何が必要かを言葉で教えてくれることはありません。

 先輩美容師は約30人。使う道具にも一人一人に癖や好みがあるので全て覚える必要があります。先輩の頭の中にあるのとは違う道具を渡してしまうと、お客さまから見えないようにコーム(くし)で思い切り手をはたかれたり、後で店の裏で頭をひっぱたかれたりしました。

 渡し方にもこつが必要です。はさみは刃面を持つと指の皮脂が付いてさびる原因になってしまうので、要(ねじ)の部分を持ち、指穴にすぐ指を入れて使える場所に差し出さなければいけません。錦織先生は、1丁数十万円もするはさみを10丁も使い分けていたので、扱いには大変神経を使いました。立ち位置も大切で、先輩たちの仕事を邪魔しないように利き足だけを動かして半身と手を出し、「風のように」道具を渡すことが求められました。

 ミスをして怒られるのは怖いし痛いし、早く仕事を覚えようと必死でした。先輩たちの小さな癖はメモに書き留めて覚えました。そして常に「次は何が必要か」を考えて動きました。予測が当たり、差し出した道具を先輩が黙って受け取ると「やったぜ!」と心の中で思い切りガッツポーズをしました。

 先回りして先輩の気持ちを読み取ること、それはお客さまの気持ちを読めるようになることにつながります。先輩の心すら読めなければ、お客さまがどんなサービスを求めているのか分かるはずがありません。シャンプー同様にヘルプも美容師として大切な修業でした。

 「(技術を)盗め」「盗んでいるか」。ヘルプについている時、先生や先輩から、よくこんな言葉をかけられました。手取り足取り言葉で教えてもらうのではなく動きをしっかり見て、考えて、自分のものにしろ—。そんなメッセージだったと思います。「これが職人の世界なんだ」。そう思うと身も心も引き締まりました。

 子どもの頃、父から「石の上にも3年は我慢しろ。石も我慢してくれているのだから」と教えられました。我慢しているのはお前だけではない、石もお前の下でじっと耐えてくれているのだからどんなにつらくても努力し続けろという意味です。

 何時間もシャンプーさせ続けてくれた店長や、ときに怒りながらも私の成長を見守ってくれた先輩たち。つらいことの多いインターン時代でしたが、父の言葉通り、教える側も根気強く我慢してくれていたのだと思います。

 聞き書き・村沢由佳


2021年11月27日号掲載