115 五里ケ峯 

山城跡歩きと眺望を楽しむ

葛尾城跡から見下ろす坂城の町並みと千曲川

 4月上旬の平日、坂城町の葛尾山(810メートル)から千曲市境の五里ケ峯(1094メートル)に登った。旧戸倉町や旧上山田町の千曲川沿いから眺めると、馬の背のようになだらかな稜線が続く。

 その中央部の五里ケ峯は、善光寺まで五里というのが山名の由来。北国街道を通る善光寺参りの旅人が、この山を眺めて道のりの目安にしたと伝わる。

 葛尾山は、戦国時代に東北信一帯を支配し、武田信玄を2度破り、最後は敗れた村上義清が拠点とした山城跡が山頂にある。

 8時に山仲間3人で長野市内を出発。通勤時間帯のため、須坂長野東インターから上信越道に入り、五里ケ峯直下のトンネルを抜け、坂城インターを出る。西側の山裾にある坂城神社後方の駐車場に車を置く。


五里ケ峯山頂での昼食。善光寺平や遠く北アルプスを望む

 松本ナンバーの乗用車の前で、数人の女性たちが入念に準備体操をしていた。我々と同じコースを登るようだ。

 満開の桜を見ながら9時過ぎに神社裏手の登山口から歩き始める。間もなく道は二手に分かれる。右は近道だが急傾斜が続くため、左の飯綱山コースを進む。

 見上げるような岩山が現れると右に折れ、登り詰めた所が飯綱山だ。ここで休憩し、春の日差しを浴びながら広い砂礫の尾根道を登って行く。かん木類の芽吹きが始まり、足元には薄紫色のタチツボスミレが咲いていた。

 ジグザグ道を登りきると、平たんな場所に。山頂直下の三の郭と二の郭だ。本郭は広場になっていて、立派なあずまやがある。村上氏を偲ぶ石の祠の後ろに五里ケ峯が見える。

 ここからの眺望は素晴らしい。東側に坂城の町並みと千曲川を見下ろし、遠く蓼科山も見える。

 大休止の後、五里ケ峯に向かう。いきなり急な階段が現れ、4回上り下りする。山城の守りを堅固にする堀切の跡だ。

 ほどなく右手に空の電話ボックスが現れる。こんな山の中に誰が何の目的で設置したのか、不思議だ。左から磯部コースが合流し、少し下ると広場が。西北から来ている林道の終点で、ここまで車で来られるようだ。

なぜか山中に空の電話ボックスが

 頭上にそびえ立つ送電線鉄塔を過ぎ、快適な尾根道をどんどん登って行く。カラマツやヒノキの林を抜けると、円丘のような草地の山頂に。我々より先に出発していた女性グループが景色を楽しみながら昼食を取っていた。

 正面には冠着山。眼下に戸倉上山田の温泉街や千曲川を見下ろし、その下流には善光寺平が。遠く北アルプスも見渡せる。

 昼食の後、同じ道を戻る。途中、磯部コースに入り、「陰の松」を見に行く。ここには明治初期までアカマツの大木が数本あり、山仕事の人たちが木陰で休憩した場所という。だが、今は枯れ木が1本残るだけだった。

 帰路は千曲市内の温泉に立ち寄り、17時前に帰宅した。

横前公行
















 

2021年5月1日号掲載