「農家」出身 生産現場を熟知 商品開発では必ず現場へ
私は、自らを「農業系ソムリエ」と名乗っています。実家は、お酒を取り扱う「高野総本店」を営むだけでなく、米や麦を作ったり、梅や栗を栽培し、市場へ出荷したりする「農家」であり、私自身、子どもの頃から農作業の手伝いをしていました。社会人になって酒の原料である米やブドウなどの専門的な知識を身に付けたので、農家の人たちと、農地の地質や地形、気象条件に合った栽培方法などをめぐり、かなり突っ込んだ話をすることもあります。
地域おこしの専門家だった信州大学の故玉井袈裟男先生の講演先に同行し、県内の農村を片っ端から回ったことも「農業系ソムリエ」を名乗るきっかけになっています。
山あいの農村に行って、ソムリエを名乗ってワインの話をしても、「ソムリエ?ワイン? なに気取って」と、農家の人たちは警戒しがちです。でも、「私、農家でもあるんですよ」と言うと、一気にその場の空気が変わり、打ち解けることができました。そして、「野菜や果物が売れなくて困っているんだが、どうしたらいいだろう」などと相談してくる人もいました。
私は後に、長野県はじめ全国各地の原産地呼称管理制度や商品開発に関わることとなりますが、玉井先生との「農村行脚」で、農産物をブランド化できないでいる農村の現状と課題を肌で感じられたことは大いに役立ちました。
ワインというとホテルやレストランで出される華やかなお酒というイメージがある一方で、ワインブドウの栽培の現場は、そんなイメージとは異なり地味な世界です。
都会での会社勤めを辞め、農村に移り住んでワインブドウの栽培やワイナリーを営みたいといった相談を時々受けます。そんな時は、苗木の手配の仕方、どんなブドウ品種を選んだらいいのかを教えるとともに、自分のワインを必ず買ってくれるファンを獲得するにはどうしたらいいのかを話します。
既に就農し、ワイナリーを始めた人には、栽培や醸造の状態を見て、ワイナリーの将来性や改善点をアドバイスします。ワイナリーを経営していくにはそれなりの努力と覚悟が必要だということも伝えています。川上の栽培から川下の販売まで教えることができるのは、酒の流通業を営むだけでなく、農家でもあるソムリエ=「農業系ソムリエ」だからこそだと思います。
ソムリエの資格を持っていても、ブドウを植えたこともなければ、ブドウを栽培したこともないという人が大半です。その点、私はブドウ畑を見れば、「剪定(せんてい)が良くない」「ブドウが疲れている」といったことが分かります。それは、収穫したブドウの質を見極め、その結果、良いワインを見つけることにもつながると思っています。
商品開発の際、私は二つの原則を持っています。一つは組織のトップ、つまり社長や自治体の長と会い、考え方や人間性を見ることです。二つ目は現場に行くことです。醸造施設がきれいに整備されているか、ブドウの栽培はきちんとされているかといったことを、実際に確認するのです。手抜きがあるとブドウの状態にすぐに出ます。
ホテルのレストランを主戦場とする「ホテル系ソムリエ」のトップが田崎真也さんだとすれば、田崎さんは「日本から世界一のソムリエを輩出する」ことを一つの目標にしています。対して「農業系ソムリエ」の私は、もっと農家ら生産者の方を向いていたいという強い思いを持っているのです。
聞き書き・斉藤茂明
2022年7月16日号掲載