07 東京へレッスン通い
- 10月11日
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先生宅は生徒が全国から 生の演奏聴き大きな刺激

高校3年の夏休み、私は、東京・江古田の武蔵野音楽大学で開かれた音大受験生向けの夏期講習会に行きました。東京は中学の修学旅行以来で、音大のキャンパスを見るのは初めてでした。キャンパスはいろいろな楽器の演奏であふれ、学生はおしゃれでした。校舎に入ると、ピアノ1台が置かれた練習室が並び、「モーツァルトホール」「ベートーベンホール」という名前のホールもありました。何もかもが洗練された雰囲気に圧倒されました。
講習会ではクラリネットの先生が何人かいて、私はNHK交響楽団の首席クラリネット奏者だった千葉国夫先生につきました。初日に参加者は1曲演奏し、私がモーツァルトのコンチェルト(協奏曲)を吹くと、教室内はシーンと静まり返りました。こうした講習会では、エチュード(練習曲)を演奏するのが当たり前だったからです。それを知らずにモーツァルトを演奏した私に、先生は「まったくしょうがないな」とあきれ顔でした。
音大受験のノウハウがなく、その時初めて指の動かし方や吹き方、音階練習など基本のほかに、大学ごとに入試で出るエチュードが異なるなど各大学の入試内容の違いを知りました。私は講習会が終わると千葉先生に「これからも、先生のレッスンを受けたい」とお願いし、通えることになりました。
それから月2回、東京の先生の自宅に通いました。深夜2時に長野駅を発車する夜行列車に揺られて、早朝6時に東京に到着すると、駅構内にあった銭湯に飛び込み、すすで汚れた体を洗い、立ち食いそばで腹ごしらえをしてから、先生の家に向かいました。
先生の家には、全国各地から受験生だけでなく、現役の音大生やプロの演奏家も指導を仰ぎに来ていました。家の中のレッスン室は生徒でいっぱいでした。
レッスン時間は生徒によっていろいろで、優秀なのか簡単に終わる人がいたり、なかなか終わらない人もいました。私がレッスンを終えて帰ろうとすると、先生から「ほかの人の演奏を聴いていけ」と言われました。聴いていると、「こんなことができるのか」と、演奏技術のレベルの高さにびっくりしました。自分の未熟さを感じる一方で、テクニックはすごいが何か物足りない…と感じる演奏もありました。
レッスンを間近で見られて、高度なテクニックや表現力豊かな演奏を生でたくさん聴けたことが、貴重な勉強になり、大きな刺激になりました。
音大の入試には、私の専科となるクラリネットの実技のほか、国語と英語、音楽の基礎理論・能力の学びや訓練にあたる「楽典」や「ソルフェージュ」、ピアノがありました。ピアノは未経験の上、練習に取りかかったのは夏期講習終了後。母に中古のアップライト(縦型ピアノ)を買ってもらい、個人レッスンをしてくれる先生を探して通いました。私の志望はクラリネット科なので、入試でのピアノのレベルはそれほど高くないとはいえ、ドの位置さえおぼつかない私は、ドの鍵盤に分かるようにばんそうこうを貼って、まず右手、次に左手というふうにゆっくりひたすら練習しました。
当時、私は音大に関する情報があまりなく、「受けるならトップクラスの大学に挑戦したい」と思い、東京芸術大学と桐朋学園大学の2校に絞りました。ソナチネとバッハを1曲ずつ、何度も繰り返し練習し、2月の受験に何とか間に合いました。
桐朋学園の入試では、故小澤征爾さんが師事した斎藤秀雄先生が試験官にいました。結果は2校とも不合格でした。
(聞き書き・斉藤茂明)
2025年10月11日号掲載



