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TAR/ター

=2時間39分

長野グランドシネマズ(☎︎233・3415)で公開中

(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.

天才的女性指揮者の 栄光と破滅の物語

 世界最高峰のオーケストラの一つ、ベルリン・フィルで女性として初のマエストロの称号を得たリディア・ター。「TAR/ター」は、ケイト・ブランシェット演じる、絶対的な権力を振りかざす天才的女性指揮者の栄光と破滅の物語だ。

 リディア・ター(ケイト・ブランシェット)は、米国の5大オーケストラで指揮者を務めた後、ベルリン・フィルの首席指揮者に就任。作曲家としても才能と実績を誇る華々しい経歴で、自伝の出版も控えている。

 プライベートでは同性婚のパートナーと養女を育てて、すべてを手に入れ順風満帆と思われたが、美貌の若きチェリストを楽団のルールを破って採用したことで楽団員たちの反発をかってしまう。さらに、かつて指導した女性が自殺し、関わりを恐れたターはもみ消しを図るが、パワハラやセクハラへの告発で築き上げた帝国がほころびを見せ始める。

 インタビュー番組では悠然と構え、落ち着き払った態度は自信に満ちあふれている。オーケストラに君臨する姿は尊大で帝王のごとく傲慢だ。だが音に求めるこだわりは緻密で繊細、完璧さを追求する真摯さは純粋だ。

 脚本も手掛けたトッド・フィールド監督が創造したキャラクター、主人公のターにケイト・ブランシェットを当て書き。実在の指揮者やクラシック界に起きた事件をほうふつとさせるエピソードを盛り込みながら、ターの孤高の世界を描いてゆく。

 指揮服をあつらえるシーンはさっそうとした男装の麗人ぶりで、ジェンダー問題と戦う片りんをのぞかせる。何よりも感嘆するのはブランシェットがドイツ語とピアノを習得し自らピアノを演奏するところ。指揮者の動きを徹底研究してタクトを振る、役作りへの強いこだわりだ。

 恐ろしいまでの重圧に次第に狂気に追い詰められてゆく迫真の演技は、まさに怪演と呼ぶにふさわしい。ゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞。米アカデミー賞では作品賞をはじめ6部門でノミネートされたクラシックの世界にジャズと民族音楽を融合させた音楽映画の魅力と、すべてが本物の極上の時間に酔いしれながら、いつしか奏でられる不協和音に心が闇にとらわれてゆくサイコサスペンスだ。

日本映画ペンクラブ会員、ライター


2023年5月13日号掲載

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