07 高3で初パーマ

美容室に立ち寄るうちに 男性美容師の活躍に刺激

高校3年の秋、チリチリだったパーマがだいぶ取れかけた頃

 私が初めて美容室でパーマをかけたのは高校3年生の夏頃でした。

 それまで美容の世界とは縁もゆかりもありませんでした。幼い頃は「坊ちゃん刈り」。小6で野球を始めてからは「丸刈り」が定番で、野球をやめてからは短めの「伸びかけ」でした。ずっと母がバリカンとはさみで整えてくれました。

 高3の時、派手な仲間との付き合いを絶ち、表面的には学校生活も落ち着いていましたが、卒業後の進路を真剣に考えないといけないのにやりたいことが見つからず、将来への不安や焦りでもんもんとしていました。

 そんな気分でいた頃、パーマをかける同級生らがちらほらいて、学校側はそれを黙認していたので、「俺も髪型を変えて気分転換してみよう」と思い立ちました。私の希望の髪型はふわりとした緩めのパーマ。理容室はパンチパーマのイメージがあり、美容室の方が適していると考えました。これが人生の転機となりました。

 牟礼駅前にあった美容室で、双子姉妹の美容師が時間をかけて丁寧に髪を巻いてくれました。ネットをかぶり、お釜の形をした促進機という髪を温める機械を頭に当てたまま、しばらくそのままにして終了です。

 ネットが外され、人生初の自分のパーマ姿を見た瞬間、絶句しました。これは大仏? サザエさん? 美容師の双子姉妹には大変申し訳ないのですが、鏡に映っていたのは思い描いていたイメージとはまったく違う、チリチリパーマの自分でした。

 これでは家に帰れない—。牟礼駅のトイレに駆け込み、水で髪をぬらしてパーマを取ろうとしました。しかし、ぬらすと余計に髪が縮れてしまいました。「どうして俺はいつもこうなのか」。何をやっても思い通りにいかない自分が嫌になり、涙があふれてきました。その日は、知り合いに会わないよう最終のバスで家に帰りました。

 のちに美容学校に入って分かったのですが、その時の私の髪はパーマをかけるには短過ぎたのです。美容師さんは、「豆ロッド」という一番細いロッドを100本以上は巻いたはず。大変な作業だったと思います。

 翌日、「なんとかなりませんか」と、やり直しをお願いしました。それからは学校帰りにその美容室に立ち寄るようになりました。双子姉妹は、きつめにかかったパーマを伸ばしたり、カットで整えたりしてくれましたが、私はなかなか納得できません。何度も通ううち、お姉さんがあきれたように言いました。「あなた、本当にうるさいわね。そんなにこだわるなら自分で美容師になったら」

 「男でも美容師になれるの」とびっくりして聞くと、「これからは男性美容師が活躍する時代だよ。こだわりが強い杉山君にきっと向いているよ」。そう言って、美容雑誌に掲載された、海外で活躍する日本の男性美容師の記事を見せてくれました。その男性美容師が長髪なのを見て、「男がこんな女みたいな髪をしていても活躍できる仕事があるのか」と、私はさらに驚きました。「男が少ない世界なら、チャンスをつかむことができるのではないか」「負けっぱなしの俺の人生をひっくり返せるのではないか」。さまざまな思いが、体中に湧き上がってきました。

 「これだ。俺もはさみ一丁で世界に行くぞ」

 勉強も野球も芽が出ず、打ち込めるもの、人に誇れるものは何もない。迷ってばかりだった私が、初めて自分の力で人生を切り開いていこうと思えた瞬間でした。

 聞き書き・村沢由佳


2021年10月23日号掲載