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設立10周年の若槻郷土史研究会

調査・研究の成果を「記録誌」に

(左から)福沢副会長、竹腰会長、北條副会長

 昨年設立10周年を迎えた若槻郷土史研究会はこのほど、会員の調査・研究の成果をまとめた「若槻郷土史研究会 講演・発表記録誌」を発行しました。23年度の「ながのまちづくり活動支援事業」の補助金を利用して170部を製作、県立・市立図書館や近隣の小学校、公民館などに寄贈しました。

 縄文時代のものとみられる土器や石斧が出土した「徳間本堂原遺跡」や、江戸時代に加賀藩が参勤交代で北国街道の新町宿を利用していたこと、伊能忠敬が2度も測量に訪れた足跡を追うなど、若槻地域が古代から要衝として栄えていた歴史を豊富な古文書や写真などと共に紹介しています。創立した2013年から昨年3月までに、会員が例会(発表会)で発表した内容を中心に、講師として招いた専門家や関係者などの講演を原始・古代、中世、近世、近代に分けて43項目にわたって掲載しています。

 3年ほど前に「10周年記念事業実行委員会」を立ち上げ、これまでの成果を次世代に伝える事業として記録誌を作る案が浮上。製作費の工面を模索する中、2年前に補助金の交付が決まったことで製作を本格化させました。副会長で実行委員長の福沢正隆さん(72)らが、ワープロ文書や手書きの原稿を集め、書体や文字の大きさをそろえ、横組みに統一するなど読みやすく整理しました。また、1945(昭和20)年ごろまで使われていた方言の研究では、方言を会話に起こし、地元の小学生に会話をイメージした挿絵を描いてもらい、添えました。「大人から子どもまで幅広い人たちに読んでもらい、郷土史研究が身近になるように工夫した」と福沢さん。

 副会長の北條昭吾さん(79)は、「傷痍軍人長野療養所(現・東長野病院)」について調べ、戦況が激しくなった終戦間際、肺結核になった軍人の療養所に陸軍病院療養所が併設されていたことを掘り起こしました。療養所の公的資料は焼却されており、当時の関係者の証言を集めました。「『若槻にも軍隊があった』という漠然とした話がきっかけだったが、一人一人の証言という点をつないでいくと知らなかった事実が浮かんできた」と話します。

 北部中学校や徳間小学校などでの「郷土史学習」で講師を務めている同研究会。会長の竹腰清宏(80)さんは、「貴重で質の高い資料になったのではないか。若槻地区には歴史的に価値のある史跡が多いことを知ってもらい、郷土史が小中学生やその両親など、次の世代に引き継がれていけばうれしい」としています。

 A4判、300ページ。

 (問)若槻地区住民自治協議会☎︎266・0034


2024年2月10日号掲載


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