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生きる LIVING

=1時間43分

長野グランドシネマズ(☎︎233・3415)で公開中

(C)Number 9 Films Living Limited

黒沢明監督の名作 K・イシグロ脚本で

 がんの余命宣告を受けた初老の男の最後の生きざまを描いた黒沢明監督の名作「生きる」(1952年)から70年。ノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚本で、ロンドンを舞台に新たなヒューマンドラマとしてよみがえったのが、「生きる LIVING」だ。

 第2次世界大戦後の復興途上にあるロンドン。ウィリアムズ(ビル・ナイ)は市役所の市民課に勤務する生まじめな公務員だ。通勤列車はいつも同じ顔ぶれで、職場では事務処理に追われ、書類に目を通す日々。

 そんなある日、余命半年のがんであると宣告を受けた彼はこれまでの自己の人生の空虚さにがくぜんとする。絶望と孤独にあえぎながらも、まだできることがあることに気づいた彼は、偶然手にした陳情書と向き合い、初めて市民の声に向き合うのだった。

 いわゆる「お役所仕事」をせっせとこなし、書類を高く積み上げ、忙しいそぶりをみせる職員たち。女性たちの公園整備の陳情に付き添ったのをきっかけに、陳情書がたらい回しにされている実情を、ウィリアムズ自身が知るところに思わず苦笑いしてしまう。

 オリジナルのストーリーを踏襲しながら、役人批判だけでなく、ブルジョワ階級と労働者階級の意識の違いもちらつくのは英国らしいと言えるだろうか。

 日本で生まれ、5歳の時に両親と英国に移住したカズオ・イシグロ。日本映画のファンであり、黒沢明監督がこの作品に込めた思いと、自身が小説に取り上げるテーマとの共通性を感じるという。少年時代、同じ服装をした男たちの通勤風景の記憶がそのままオープニングシーンになったそうだ。

 映画の脚本は初めてのイシグロだが、今年のアカデミー賞脚色賞に、あてがきしたビル・ナイが同主演男優賞にノミネートされている。

 黒沢監督「生きる」では志村喬が公園のブランコを揺らしながら、「命短し恋せよ乙女」と「ゴンドラの唄」を口ずさむシーンが印象深い。本作でウィリアムズが歌うのはスコットランドの伝統的な歌だ。

 両作品に共通した「人生は過ごすのではない、生きるのだ」との普遍のメッセージに心を打たれる。

日本映画ペンクラブ会員、ライター


2023年4月1日号掲載

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