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地元の産業盛り上げへ 強い気持ち

県立歴史館で開催中 「和田英〜糸づくりに懸けた明治の女性」展

 かつて「蚕糸王国」と称された信州。松代町で生まれた和田英(えい)(旧姓横田=1857〜1929年)は、日本初の本格的な器械製糸の工場、官営富岡製糸場(群馬県富岡市)で働き、そこでの工女の暮らしぶりを記した「富岡日記」を残した。千曲市の県立歴史館で開かれている企画展「和田英〜糸づくりに懸けた明治の女性」は、時代の変革期に国や地域の産業振興に青春を懸けた和田英ら女性たちの姿を伝える資料を展示している。

 和田英は1873(明治6)年、15歳の時に創業間もない富岡製糸場に同郷の女子15人とともに入場。伝習工女として、1年4カ月にわたって最先端の器械製糸の技術を学んだ。退場後は、ふるさとの松代町に建設された日本初の民営器械製糸場六工製糸場(六工社)や県営長野製糸場の技術指導者として活躍した。

 英は1907(明治40)年、50歳になったころ、病床にあった母を励ますため、富岡製糸場での日々を回想した「富岡日記」を著した。そこには富岡製糸場へ工女として入場した経緯から、工女の暮らしぶり、少しでも多く糸をとることに努めた製糸業の様子、さらに郷里に帰って操業に参加した六工社の様子までがつぶさに記録されている。

 企画展は、「英が育った幕末〜明治の松代」「英を育んだ横田家の人々」「富岡製糸場と工女たち」「和田英と六工社」の4章で構成。英が生まれた幕末から明治にかけて疲弊した松代藩の立て直しに英の父が奔走していたことを伝える文書をはじめ、若き日の英が父母やきょうだいに送った手紙、「富岡日記」の原本、英とともに松代から富岡製糸場へ入場した同僚の春日蝶が、その当時実家に宛てた手紙、富岡製糸場で発掘された食器類や化粧用品など計64点が並ぶ。

 「英と六工社」では、六工製糸場の全景と一連の作業の様子が描かれた絵図や場内の写真、英が六工製糸場の様子を記した「続富岡日記」、英が指導した生糸が、セントルイス開催の万国博覧会で最高賞を獲得して贈られた賞状なども紹介している。

 同館の内城正登専門主事(43)は、「今年は英が技術指導を務めた松代の六工社が創業して150年。富岡製糸場で技術を学び、地元の産業を盛り上げたいという強い気持ちで青春時代を駆け抜けた英や工女ら明治の女性たちがいたことを知ってほしい」と話した。

 2月25日(日)まで。開館は9時から16時。月曜と、祝日の翌日休館。2月12日(月)、24日(土)は開館。入館料は企画展のみ一般300円、大学生 150円、高校生以下無料。

 (問)同館☎︎274・2000

 記事・写真 中村英美


掲載日2024年1月27日


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