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ロスト・ケア

=1時間54分

長野グランドシネマズ(☎︎233・3415)で公開中

(C)2023「ロストケア」製作委員会

大量殺人の介護士 隠された真意どこに

 介護士でありながらお年寄りら42人を殺したと告白する男と担当女性検事との間で繰り広げられる「魂のバトル」—。「ロスト・ケア」は、2012年度日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した葉真中顕(はまなかあき)の社会派ミステリーの映画化だ。

 民家で寝たきりの老人と介護士の死体が発見された。容疑者として逮捕されたのは、訪問介護を担当していた介護士の斯波(松山ケンイチ)だった。しかも手にかけたと告白したのは42人。親切で有能と評判のヘルパーによる大量殺人は、社会から注目を集める大事件となった。担当検事の大友(長沢まさみ)は、罪悪感をみじんも見せない冷静な斯波の態度に違和感を覚える。彼の隠された真意はどこにあるのか。

 イエスが山上で人々に語ったとされる聖書の一節、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたが人にしなさい」。その言葉を信条とし、殺すことで家族を救う喪失の介護「ロストケア」だと主張する斯波に、法の裁きはどう下されるのか。救いか、それとも殺人か。互いの信ずる正義のために、検事と犯人の言葉の応酬は、まるで決闘のような激しさと緊迫感に満ちている。

 自然死と診断されていた被害者たちが、殺人と判明してゆくミステリーの面白さとともに、見る者に突きつけられるのは、日本の社会保障制度の歪みと脆弱さだ。お年寄りの間の持つ者と持たざる者との格差。身内の介護に追い詰められ崩壊する家庭。介護現場の労働の厳しさ。介護を経験した者なら共感できるさまざまな場面に恐怖心さえ覚える。

 少子高齢化が進む日本。誰もが確実に年をとり、いずれ直面する問題だけに人ごとではない。遺族の一人は検事の取り調べで思わずつぶやく。「救われた」と。認知症で人格の変わった母親の介護で、地獄のような日々から解放されたという後ろめたさ。家族だからという義務感の呪縛。介護される側、する側、それぞれの立場が持つ痛みと悲しみ。尊厳を奪われ、壊れてゆく恐ろしいまでのリアルはすぐそこにある未来だ。

 人間の心の奥に潜む善と悪の選択を突きつけられる、壮絶な物語だ。

日本映画ペンクラブ会員、ライター


2023年3月25日号掲載

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