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イニシェリン島の精霊

=1時間54分

長野グランドシネマズ(☎︎233・3415)で公開中

(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

友人から突然の絶交 平和な島を覆う悪意

 「イニシェリン島の精霊」は、「スリー・ビルボード」(2017年)で英国アカデミー賞作品賞をはじめ、世界各国の賞レースを席巻したマーティン・マクドナー監督が、自身のルーツであるアイルランドを舞台に描いた人間ドラマだ。

 1923年、アイルランド沖にある離島、イニシェリン島。パードリック(コリン・ファレル)は、友人のコルム(ブレンダン・グリーソン)から、突然絶交を言い渡される。島で唯一のパブで毎日、飲みながら語らうことがささやかな幸せだったパードリックは、コルムの拒絶が受け入れられない。孤独に耐えられず、追い詰められたパードリックのエキセントリックな言動が、島を揺るがす大事件を引き起こしてしまう。

 物語の背景にあるのはアイルランド内戦だ。 アイルランド人同士の戦いに重ねるかのように、不毛なけんかを繰り返す男たちの姿に、人間の愚かさを見せつけられるようだ。

 マクドナー監督が描く登場人物たちは、悲劇的でありながらも、どこか滑稽だ。全員顔見知りという島の中で島民は閉塞感を抱える。他人のうわさ話は日々の娯楽で、不幸なほど熱を帯びる。パードリックたちのけんかに触発されたかのように、のどかで平和だった島が悪意に覆われてゆく。

 人生の残り時間が少ないことに気付いた時、人は一体自分は何かを成し遂げたのかと自問する。アイルランドの伝統楽器フィドル弾きであるコルムは、作曲で有意義な人生にしたいと願う。パードリックとの友情を拒否したことで起きた犠牲にも揺るがない、アイルランド人のかたくなな気質がさらなる破滅への道を加速させる。

 アイルランドの美しい自然と風景、伝統文化と音楽も作品をより魅力的にしている。石積みの塀がモザイクのように線を描く。海に沈む夕日の神秘的な光には、死を告げるという精霊が宿るようだ。

 人生の機微にブラックユーモアのスパイスを利かせたストーリー。ヴェネチア国際映画祭で脚本賞と男優賞の2冠を獲得。先ごろのゴールデングローブ賞ではミュージカル・コメディ部門の作品賞と脚本賞を受賞。コリン・ファレルが主演男優賞に輝いている。

日本映画ペンクラブ会員、ライター


2023年1月28日号掲載

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