あちらにいる鬼

=2時間19分

長野ロキシー(☎︎232・3016)で公開中

(C)2022「あちらにいる鬼」製作委員会

両親と寂聴との実話 不倫と隠された女心

 1年前に99歳でこの世を去った作家・僧侶の瀬戸内寂聴。51歳で出家する前は、若き日に夫と子どもを捨てて愛に走った恋多き女性であり、出家を決意するまでの7年、作家井上光晴と不倫関係にあった。「あちらにいる鬼」は、井上光晴の長女で直木賞作家の井上荒野が、両親と寂聴をモデルに描いた小説の映画化だ。

 年下の青年との愛をつづり、注目されていた女流作家・長内みはる(寺島しのぶ)と、気鋭の作家・白木篤郎(豊川悦司)との運命の出会いは、講演旅行だった。互いに引かれ合った2人はほどなくして男女の仲になるが、篤郎には妻・笙子(広末涼子)と幼い娘がいた。彼は、自宅では妻子を大切にしながら、みはるにも笙子にも平然とうそを口にし、初めの頃の情熱が薄れるにつれ、ほかの女性の存在を隠そうともしなくなっていく。

 出会って7年後の冬、僧侶になるみはるの得度式が行われた。出家後の白木との関わり、さらに妻・笙子とみはるの思いがけない女同士の連帯感が明かされてゆく。

 男と女の濃密な情愛とともに描かれるのが、もう一人の主役である妻・笙子の存在だ。浮気の後始末を妻にさせるという、通常ではありえない行動をとる夫を受け入れ、家庭を守る妻。能面のように表情を崩さず、淡々とした顔の下に隠された女心は、諦めの冷たさなのか、全てを受け入れる菩薩の慈悲なのか。すごみさえ感じさせる女2人の人生が紡ぎ合う不可思議な関係が実話という驚き。当時5歳だった井上荒野が見つめ続けた両親と愛人との葛藤は、一本の小説として完結した。しかも寂聴本人に直接、多くのエピソードを聞いて物語にしたそうだ。

 実際の得度式の様子はマスコミの注目を集めた。道ならぬ恋に生きた寂聴の人生経験から生まれる、歯に衣着せぬ明快な説法も彼女の魅力の一つだった。得度式のシーンでは、みはるの覚悟が乗り移ったかのように自らの髪をそり落として臨んだ寺島しのぶの女優魂と、少女のような無垢な笑顔が印象的だ。心の闇に住む鬼。仏にも鬼にもなる人間の限りない情と業の深淵を思い知らされる。

日本映画ペンクラブ会員、ライター


2022年11月12日号掲載